§018 一次試験②

「レリア! この調子でバンバン描いていくぞ!」


「はい!」


 俺の決意表明とともに、レリアの熱のこもった声が学内闘技場に木霊する。


 しかし、騒いでいるのは俺達だけで、相手のペアはもちろんのこと、試合を観戦していた生徒、審判役の試験官すらも唖然としているのが見て取れた。


 でも、それも当然と言えば当然の反応かもしれない。


 『詠唱魔法』が主流のこの世界で、俺が使用した魔法は『魔法陣』。

 『魔法陣』の存在に疎い者からすれば、俺が無詠唱で魔法を発動したように見えているはずだ。


 それを証拠に、ユリウスは何が起きたのかわからずに喚き散らすように声を張り上げる。


「き、貴様ぁぁあ! い、いったい何をしたっ!」


「……何って魔法で矢を相殺しただけだけど」


 俺は事実を淡々と伝える。


「魔法……? そんなわけあるかっ! 無詠唱であんな二つもの魔法を同時に展開できるわけがないだろうが。ルヴァンスレーヴ侯爵家の嫡男であるオレ様を侮辱しやがって。絶対に後悔させてやるっ!」


 そう言うと、今度は先ほど一本だった矢を三本顕現させると、それを指に挟み込んで弓を構える。


「二つの魔法を同時に発動しようが、三つの矢なら防げないだろう」


「――『空を舞い踊る天神の息吹よ、全てを穿つ一陣の風となりて敵を打ち滅ぼせ』――一陣の蒼穹ウインド・アロー三射乱舞トリプルアクション――」


 三本の矢が勢いよく射出される。

 それと同時に俺も三つの魔法陣を描く。今度は中級魔法を三つだ。


中・爆炎の壁エル・ファイア・ウォール!!」

中・爆炎の壁エル・ファイア・ウォール!!」

中・爆炎の壁エル・ファイア・ウォール!!」


(バチンッ!!)

(バチンッ!!)

(バチンッ!!)


 連続する衝撃音とともに、三本の矢はまたしても炎の壁の前に藻屑となって消えた。


「そ、そんな……」


 ユリウスは貴族。

 それも侯爵家の人間だ。

 魔法の腕にはそれなりに自信があったのだろう。


 灰となって消えた風の矢を目で追いつつ唖然とした表情を浮かべる。


 そして、周りに当たり散らすが如く後ろのアイリスの方に向き直ると、大声で叫ぶ。


「おい! 何をボサっと突っ立ってやがる! お前も早く魔法を撃て」


「えぇ……だってさっきユリウス様は後ろに突っ立ってればいいって」


「あん? 言うことが聞けないのかっ! 侯爵家のオレ様が命令してるんだぞっ!」


「……そ、そんな。で、でもわたしは補助魔法の専門で……攻撃魔法は……」


「うるさいっ! オレ様に口答えするな!」


(ドンッ!)


「きゃっ!」


 青筋を立てたユリウスはアイリスの言葉に激高し、突如、アイリスの身体を突き飛ばした。


 小柄で華奢なアイリスの身体。

 男の腕力には抗う術はなく、小さな悲鳴を上げながら倒れこむ。


「おいっ! お前!」

「ひどい! あんまりです!」


 俺とレリアはユリウスの目に余る態度に思わず声を上げてしまう。


 そんな俺達の言葉に不機嫌さを顕わにしたユリウスは、キッと鋭い眼光で睨みを利かせてくる。


「あー鬱陶しい。平民に身分の違いを教えてやっただけだろ。それに貴様らだって同罪だぞ。オレ様は侯爵家の人間だ。それを平民の分際で歯向かいやがって。さっきは油断したが、今度はオレの最上級魔法をもって次元の違いを思い知らせてやるよ」


 そこまで言うと、ユリウスは左手に持っていた弓を消失させ、両の腕を尊大に広げると、新たなる詠唱を開始する。


「――『空を舞い踊る天神の息吹よ、聚合の一撃となりて、立ちはだかる数多の敵を打ち滅ぼせ』――嵐の洋弓銃メイストーム・クォレル装填準備ロードアクション――」


 その瞬間、ユリウスの前には大きな弓の造型が顕現した。

 それはまるで白銀に輝く翼のような形状をしており、弓というよりはクロスボウに近い。


 鳥が宙に舞うように漂うそれを、ユリウスは確と受け止め、こちらに照準を合わせる。


 装填されたのは銛ほどの大きさがある風の矢。

 一矢というのは適切ではなく、一発とか一弾と表現する方がいいだろう。

 おそらくは一陣の蒼穹ウインド・アローよりも一段階ほど格上の風魔法。


 俺はゴクリと息を飲む。


「オレは絶対に負けない。負けてはいけないんだ。邪魔するなよ、平民風情がぁぁぁぁああ…………………………………………………………………発射ファイアっ!!」


「アンド…………再装填リロード…………アンド…………発射ファイアっ!!」


 ドンっとまるで大砲でも射出したかのような轟音とともに、二つの銛がこちらに真っすぐと向かってくる。


「ふははは。今の俺の魔力では二発が限界だが、お前の壁魔法じゃ防ぎようがないだろう。何枚壁を作ろうとも貫いてしまえば終わりだからなー!」


 確かにそのとおりだ。

 ここで選択に迫られるが、俺は真っ向からの魔法戦を選んだ。


 俺が今、一番自信のある魔法、レリアを助けたときに成功した魔法――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレットで対抗しようと。


 実は魔法陣には詠唱魔法のように『初級、中級、上級』という概念が存在しない。

 この概念が生まれたのは魔法陣が世界から消失した後のことだ。


 だから俺は魔導書の記載やその威力から便宜的に深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレットを中級魔法と位置付けているが、正確なところ、詠唱魔法でいうどの位に当たるのかは定かではない。

 

 ただ、仮にユリウスの銛が中級魔法の二発連撃だと仮定するならば、俺は中級魔法と同等と思われる深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット発動すればいい。


 発動速度なら俺の【速記術】に利がある。


 そこまで黙考すると、俺は二本の指をこちらに向かってくる銛に差し向ける。


「――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット――」

「――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット――」

「――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット――」


 コンマ一秒後、俺の前方に深紅の魔法陣が顕現し、合計で三つの紅蓮弾が超高速で射出された。


(ドゴーンッ!)


 大きな衝撃音を上げながらユリウスの銛と俺の紅蓮弾が激しく衝突する。


 瞬く間に粉塵が舞い飛び、視界が一瞬遮断された。


 数刻を経て、粉塵が晴れた先には以前にも見たことがあるような光景が広がっていた。


「な、なんだこれ……」


 三つ放った深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレットのうち、二つはユリウスの銛と相殺し合い、残りの一つがユリウスの少し横をかすめたようだ。


 それを証拠に、俺の魔法の軌道に沿って轍が形成され、相手ペアの遥か後方にあたる学内闘技場の壁面には大きな穴が空いていた。


 ユリウスは自分の最上級魔法が打破されたからか、はたまた真横を超高速で通過した紅蓮弾に恐れ慄いたのかはわからないが、がっくりと肩を落とし、そのまま地面に膝をついた。


 もうその表情には先ほどまで満ち溢れていた自信は無く、完全に戦意喪失をしているようだった。


 その後、ユリウス達に対して試験官から戦意の確認が行われる。

 ユリウスは茫然と頷くだけ。アイリスも涙目で首をぶるぶると横に振った。


 こうして俺達は無事に一次試験を『勝利』で締めくくることができた。


 これは一瞬のうちに多数の魔法を発動できるという【速記術】を活かした手数の勝利ともいえるものだった。




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