§017 一次試験①

 俺とレリアが第八闘技場に到着すると相手のペアは既に入場していた。


 相手のペア番号は『四八〇番』。

 対する俺達のペア番号は『一番』。


 このペア番号はおそらく受付順。

 俺達は誰よりも早く受付を済ませているから『一番』なのだろう。


 逆を言えば、相手は『四八〇番』なので、受験者が一〇〇〇人だとすると、ペアを組むまでにそれなりに時間がかかっていたことが推察できる。

 そうなると、俺達のように元からの知り合いによるペアではなく即席のペアである可能性が高そうだ。


 俺達は『四八〇番』のペアと相対する。

 相手のペアも俺達と同様に男女のペアだ。


 男の方は戦闘に不向きそうな宝石があしらわれた衣装を身に纏っている。

 おそらくはそれなりに爵位の高い貴族だろう。

 いかにも貴族然とした余裕の表情を浮かべ、緑色の髪をなびかせている。

 左手には魔力で生成されたと思われる弓のような武器。武器の形状から、おそらくは中距離から遠距離型の魔導士だろうと推測される。


 一方の女の方はというと、男とは対照的に緊張した面持ち。

 セミロングの黒髪を肩まで下ろした可愛らしい女の子だが、前髪が目にかかり気味なためか、どこか俯き加減というか自信なさげに見える。

 ローブは髪色と同系色の濃紺で、高級な宝石があしらわれている男の衣装と比べると、一見地味に見える。


 こう言ってはなんだが、「不釣り合いなペアだな」というのが正直な感想だ。


 そんなことを考えていると、相手の男が口を開いた。


「なんだよ。オレ様の相手は平民と修道女かよ。こんなのじゃ準備運動にすらならないじゃないか」


 男は俺とレリアを認めると、高笑いをあげ、不遜な言葉を吐き散らす。


 まあ貴族とは大概高慢なものなので、挑発に乗らずに無視を決め込むのが定石だ。


 しかし、そんな俺達の態度を見て、更に声高らかに叫ぶ男。


「なんだよ、怖気づいて声も出ないのか? どうせお前らに勝ち目はないんだ。いますぐ降参してもいいんだぜ? そうすれば、わざわざ痛い目に合わなくても済むからよ。な、アイリス」


 そう言って男は、アイリスと呼ばれたペアの女の子に同意を求めるように半身振り返る。


 その言葉に身体をビクッとさせたアイリスは、怯えたような媚びたような上目遣いを見せる。


「……は、はい。ユリウス様」


「あ? お前は声が小さいんだよ」


 男はアイリスを鋭い眼光で睨みつける。


「……す、すみません」


「まったく。余り物のお前を拾ってやったんだ。少しは感謝したらどうだ。本来なら、お前のような地味女がこのルヴァンスレーヴ侯爵家のユリウス様とペアを組むなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことだぞ」


 この男、ユリウスはどうやら侯爵家の人間のようだ。


 あまりにも高圧的なユリウスの態度に、アイリスは唇を真っ青にして力なく俯く。


 そんなアイリスを見て、ユリウスはいかにも不愉快そうな表情を浮かべると、チッとあからさまな舌打ちをする。


「まあ、所詮は数合わせだ。お前はそこに突っ立ってるだけでいい」


「……は、はい。ユリウス様」


 今にも泣きだしそうになりながら必死に声を絞り出す彼女。

 そんな彼女を見ていたら、何ともいたたまれない気持ちになってしまった。


 レリアも同じような感情を抱いたのかポツリと呟く。


「……私はあの人を好きになれそうにありません」


 それについては全面同意だった。

 ユリウスは侯爵家の貴族で、アイリスは平民。

 階級というものが存在する以上、ある程度の扱いの差は致し方ない。

 それは元貴族である俺は十分承知しているつもりだ。


 しかし、いざこのような光景を目の当たりにするとどうにかしてあげられないだろうか……という気持ちが薄ら芽生える。


 けれど相手は侯爵家の人間。

 下手に反発しても角が立つのは明白だ。


「彼女には悪いけどここは試験に集中させてもらおう。ここは試験官の目もあるし、できれば荒事は避けたい。俺達の目標はあくまで合格することだ」


「……大丈夫です。わかっています」


 そう言いながらも強い非難の視線をユリウスに向けるレリア。


「この試合の試験官を務めるカールだ。両者準備はいいかい?」


 そんな光景を見かねた試験官から声がかかる。

 黒髪短髪の清潔感のある試験官だ。まだ若い教員のようだが、人の良さがにじみ出ている。


「お願いします」

「いつでもどーぞ」


 両者が同時に頷く。


「それでは――試合開始!!」


 試験官の掛け声とともに、ズザッと地面を踏み鳴らし、俺とレリアは『陣』の態勢を築く。


 正確には俺とレリアは『常闇の手枷』により一定の距離しか取ることができないので、俺が数歩前に出て、レリアが数歩後退するというだけのものだが。


 それと同時にレリアは短く詠唱する。


「――『揺蕩う光よ、彼の者に魔力の加護を与えたまえ』――小さな魔力の加護マジック・セイブ――」


 すると、俺の身体を薄ら光が覆った。


「……レリア。これは?」


「ジルベール様の魔力消費を軽減させるです。私にはこの程度のことしかできませんから」


 レリアはそう言うとまたしても少し気まずそうに眉を顰める。


 レリアは自分が攻撃に参加できないことに申し訳なさを感じてそんな表情を浮かべたのだと思うが全然気に病むことなどない。

 俺は普通の人よりも魔法の発動回数が多くなるため、魔力消費量を抑えられるのはありがたい。

 むしろ、こんな魔法が使えるなら早めに教えてほしかったぐらいだ。


「ありがとう。助かる」


 レリアの魔法に少なからず興味が湧いたが今は一次試験の真っ最中。

 取り急ぎ手短にお礼を告げると、俺はレリアから視線を切って相手のペアに視線を向ける。


 どうやら相手のペアも俺達と同様に『陣』の形態をとるようだ。

 ユリウスが数歩前に出て、アイリスはユリウスに隠れるように数歩後ろに下がった。

 そして、ユリウスはすぐさま弓を構えると、こちらに照準を合わせてくる。


「――『空を舞い踊る天神の息吹よ、全てを穿つ一陣の風となりて敵を打ち滅ぼせ』――一陣の蒼穹ウインド・アロー――」


 短い詠唱とともに魔法で構築された矢が射出される。

 魔法名からおそらくは初級の風魔法だろう。


 矢は風に乗って少しずつ加速しているが、その速度は大したことはなく、俺の動体視力でも十分に目で追えるくらいのものであった。


 この程度の速度であれば威力もたかが知れているし、避けることは造作もない。


 しかし、俺は敢えて受けて立つ選択を取った。


 もちろん、俺の固有魔法【速記術】を用いた『魔法陣』によって。


「――爆炎の壁ファイア・ウォール!――」

「――中・爆炎の壁エル・ファイア・ウォール!!――」


 俺の言葉からコンマ一秒の時を経て、小と中の二つの火柱が目の前に立ち上った。


 発動したのは火属性の初級魔法と中級魔法。

 その名のとおり、炎の壁を出現させる防御魔法だ。


 なぜ同種の魔法を発動させたかというと、もちろん俺の実力を測るためだ。


 訓練の時は中級魔法まで難なく発動させられていた俺だが、相手の攻撃に合わせて発動をしなければならない実戦では、どこまで訓練どおりの実力が発揮できるか不安なところだった。


 例えば、俺が中級魔法のみを選択し、仮に発動に失敗した場合は、相手の攻撃をモロに受けることになってしまう。

 そのような事態を防ぐためにも、確実に発動できるだろう初級魔法と、それよりも少し難易度の上がる中級魔法を組み合わせることによって、自分の実力を確認するとともに、鉄壁の防御で相手の魔法を相殺しようとしたのだ。


(バチンッ!!)


 そうこうしているうちに、大きな衝撃音とともに、俺の思惑どおり、一陣の蒼穹ウインド・アローは、初級魔法である『爆炎の壁ファイア・ウォール』と衝突した。


 そして、激しい衝撃波が疾風の如く駆け抜け、炎の壁はともしびが吹き消されたように、風の矢は焼け焦げた灰となって、相打って消えた。


「なっ……馬鹿な!」

「よしっ!」


 ユリウスは目を見開き、感嘆の声を上げる。


 それと同時に、俺は思わず拳を握りしめ、ガッツポーズを決める。


「ジルベール様、さすがです!」


 後ろからは嬉しそうにはしゃぐレリアの声。


 俺の魔法が……【速記術】が……攻撃を退けた。


 この事実が俺に不思議な高揚感を与えていた。


 俺は最初の森で上級魔導士を撃破してみせた。

 でも、あの時はどこか必死で、実力以上の力が出せたというだけなのではないかと内心疑っているところもあった。


 しかし、今は……今回は違う。


 この一次試験では、どのように戦うかを事前にしっかりと考え、それを着実に実行した。

 その結果、相手の攻撃を見事に退けることができたのだ。


 俺の【速記術】は現代魔法に対抗できる。俺はまだまだ強くなれる。


 この時が、まさに【速記術】という固有魔法を使いこなした初めての瞬間でもあった。



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