第3章【呪われた聖女】
§019 二属性の保有者
俺とレリアは一次試験の興奮冷めやらぬ中、最初に集合していた中庭に足を向けていた。
一次試験の勝者ペアに配付される魔石を受け取るためだ。
俺達は受付でペア番号を告げ、それぞれ魔石を五個ずつ受け取る。
「うわ~! ジルベール様! 本物の魔石ですよ! 何か夢みたいです!」
レリアは一次試験の勝利がよほど嬉しいのか、魔石を太陽にキラキラとかざして、舞い踊るようにその場でくるくると回ってみせる。
普段のレリアでは見せないはしゃぎようで、未だに一次試験の余韻が残っているように見える。
「これも全部ジルベール様のおかげですね。ジルベール様ったら魔法陣をバンバン発動させちゃうんですもん。私の出番なんてありませんでしたよ」
そう言ってほんの少しだけ肩をすくめるレリア。
レリアはおそらく自身が攻撃に参加できなかったことを気にしているのだろう。
だが、お礼を言わなきゃならないのはむしろ俺の方だ。
俺が一次試験を冷静に対処できたのはレリアが隣にいてくれたからだ。
レリアの補助魔法があったからこそ、俺は魔力消費を気にすることなく魔法陣を連発できた。
それに……俺には支えてくれる仲間がいる。
俺のことを認めてくれる仲間がいる。
そう思うだけで、一人の時の何倍もの力を発揮できた気がした。
「俺だけの力じゃないよ。レリアが隣にいてくれたから俺は安心して魔法陣を描けたんだ。あれは俺達、二人の勝利だ」
その言葉にしばし目を見開いたレリアだったが、すぐに破顔すると、その表情は安堵の笑みへと変わった。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると魔法を必死に練習してきた甲斐があります。ジルベール様のお心遣い、本当に嬉しいです」
そう言ってほんのりと上気させた顔をこちらに向けるレリア。
「あの、ジルベール様。もしよかったら……このあと」
(ドンッ)
レリアが何かを言いかけたところで、鈍い衝撃音とともにレリアの身体が大きく前によろめいた。
「きゃっ!」
「おっと!」
俺はつんのめる形になったレリアを咄嗟に受け止める。
どうやら何者かがレリアにぶつかったみたいだ。
俺は即座にその者に視線を向けると……そこには下卑た笑みを浮かべた男が立っていた。
茶髪を肩まで伸ばした意地悪そうな目付きをした男。
耳にはシルバーの三連ピアス。
服装は黒色のカッターシャツにスタイリッシュなパンツとカジュアルだ。
見た目だけで言えば、かなり遊んでそうな兄ちゃんといった風貌。
ただ、背後には、侍らすかのように何人もの派手な衣装を身に纏った令嬢を引き連れている。
このことから、こんな身なりをしているが、こいつもおそらくは貴族なのだろう。
俺は直感的に「こいつわざとぶつかったな」と思った。
「おいおい、ぶつかっておいて謝罪もなしか? このオレの大事な身体に傷でもついたらどうしてくれるんだ」
カッターシャツの男はわざとらしく腕を押さえながら、嫌みったらしく喚き出す。
「まったくですわ。スコット様のお身体に万が一のことがあったらどういたしますの」
「それになに、あの服装。あんな薄汚れた布切れでスコット様とぶつかるなんて。スコット様のせっかくのお召し物が汚れてしまいますわ」
「きっとドレスコードをご存じないのですわ。まあ見たところ平民のようですし仕方ありませんわね」
取り巻きの令嬢達も口元を扇子で隠しつつも悪口を吐き散らす。
まさに悪役令嬢だ。
ここは試験会場であるし、冷静に考えれば揉め事を起こすのは得策ではない。
しかし、明確な悪意をもって絡んできたこいつらの態度にはいささか腹が立った。
そもそもぶつかってきたのはこの男からだ。
俺達は別に道の真ん中に突っ立っていたわけじゃない。
「お言葉ですが、さすがに言いがかりが過ぎるのではないでしょうか。私達はこの道の端に立っていただけですよ」
俺は言葉遣いに気を付けながらも、明確な敵意を男に向ける。
しかし、それに対して口を開いたのは取り巻き令嬢達だった。
「この方々は自分達の立場がわかっていらっしゃらないようね。このお方は――バルドー公爵家嫡男のスコット様ですわよ。しかも、スコット様は大変貴重な風属性と雷属性の『
長い金髪をクルクルと巻いた水色のドレスの令嬢が、さも自分のことのように自慢げに話す。
けれど、この言葉は俺を冷静にさせるのには十分な効果があった。
公爵家は貴族の中でも最高の地位。
王族に最も近い存在だ。
昨日の
仮に俺が家を追放されていなくても遠く及ばない存在で、家を追放された今となっては月とすっぽんほどに身分の差があるのだ。
それに『
つまり、二属性の魔法について極域魔法を使いこなせる可能性があるということだ。
そんな話を聞かされたら、さすがに俺も委縮してしまった。
そんな俺を見て、スコットと呼ばれる男はこの上ない笑みを浮かべる。
「ははっ。少しは自分の立場を理解したかな? わかったなら、ほれ」
そう言ってスコットは地べたを指差す。
おそらくはぶつかったことを土下座して謝罪しろと言っているのだろう。
相手は公爵家の人間。
俺もこの場は分が悪いと見て、レリアへと視線を向ける。
しかし、その瞬間、俺はレリアの異変に気付いた。
レリアの顔が真っ青になっていたのだ。
最初はスコットにぶつかられたときに怪我でもしたのではないかと思った。
しかし、よく見ると肩を小さく震わせ、何かに怯えているようであった。
そんなレリアに視線を向けたスコットが「あれー?」と惚けた声を漏らす。
「そういえばそちらのお嬢様は見覚えがあるな」
ねっとりと舌を這わせるような口調。
その言葉にレリアは身体をビクッとさせる。
「……あなたは」
「……やめて」
レリアが許しを請うように男を見る。
けれど、スコットはそんなレリアを見ると、更なる愉悦の表情を浮かべて言った。
「――『呪われた聖女』――レリア・シルメリア様ではありませんか――」
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