§016 学内闘技場

「おおっ!」


 俺とレリアは同時に声を上げた。


 『学内闘技場』という名称から俺はてっきり体育館のようなものを想像していた。

 しかし、俺達が案内されたのは広大なフィールド。

 観客席が設置されたスポーツスタジアムのようなところだった。

 

 それも一個や二個じゃない。

 その規模のスタジアムが相当の数並んでおり、それぞれに『第一闘技場』、『第二闘技場』などと番号が振ってあるのだ。

 

 王都の眼下にこれほどの敷地。

 もしかしたら土地を拡張する魔法を使っているのではないかと思うぐらいに壮観な光景だった。


「すごい設備だな。ここで戦うのか」


「ですね。雰囲気だけで圧倒されちゃいそうです。受付の説明によると対戦相手はランダムとのことで、対戦相手が決定したら学園側から連絡が来るようです。どんな相手になるのでしょうか」


「まあどんな相手でも俺達よりは格上だと思って対処するしかないな」


 まず俺達の第一課題はこの一次試験で勝利することだろう。

 もちろん負けても即退場ということはないが、勝てば魔石が五個ずつもらえるのは大きい。

 俺とレリアの入学も、『常闇の手枷』の解除も、全てこの試験にかかっているのだ。


 ただ、試験云々は抜きにしても、『模擬戦』という言葉には胸躍らされる。

 もちろんほぼ初めての魔法戦闘に対する恐怖もあるが、それ以上に、やるからには勝ちたいと思ってしまうのが人間の性のようだ。


 それに……俺はふと先ほどの弟との邂逅に想いを馳せる。

 セドリックはきっとこの一次試験で勝利を収めるだろう。

 それはある種、確信に近いものだった。


 セドリックは普段は勉強もしないし、訓練もサボってばかりだった。

 ただ、本当に必要な時だけはしっかりと成績を残す。

 あいつは泥臭く努力を重ねる俺とは違い、圧倒的な潜在能力をもって物事を要領良くこなすタイプだ。


 そんなセドリックが『州立レヴィストロース魔導学園』ではなく、『王立セレスティア魔導学園』を受験しているということは、おそらくは父の命だろう。


 向上心の高い父上のことだ。

 「首席で合格しろ」などと言われていてもおかしくはない。

 そうであれば、セドリックは必ず父の命に従って最大限のポテンシャルを発揮してくるはずだ。


 いずれ俺とセドリックが相対する機会も訪れるだろう。

 そのときのためにも、俺にはまず、早急にしなければならないことがある。


 それは――自分の実力の把握だ。


 この数日で何とか【速記術】により魔法陣を展開することができるようにはなったが、それはあくまで訓練中の話だ。


 俺の戦闘経験はレリアを助けた時だけ。


 そのため、実戦での立ち回りには不安が残るし、そもそも相手の魔法に対して俺の魔法が本当に効果があるのかは完全なる未知数だ。


 ただ、おあつらえ向きに一次試験というものが用意されていた。


 俺はこの一次試験を好機と捉え、どうにか二次試験を迎える前に、自分に何ができるのかを見極めたいと思っていた。


「レリア。この試合なんだけど、俺は自分がどの程度魔法を使えるのか試そうと思ってるんだ……」


 俺は自分の考えを隠すことなくレリアに伝えた。


 ただ、俺の考えは一次試験を魔法の練習台にしようとしているに等しい行為だ。

 是が非でも学園に入学したいレリアにとっては受け入れがたい提案ともいえる。

 そのため、否定的な意見が出ることも覚悟していたが、レリアから返ってきたのは予想に反して俺と同じ考えのものだった。


「はい。私もそれがいいと思っていました。元々、私は補助魔法を得意とするタイプです。私が言うのもなんですが、今回の一次試験はジルベール様の攻撃魔法が無いと突破することも難しいと思います」


 そして、少し俯き加減になりながら、申し訳なそうに続ける。


「なのでジルベール様に頼りっきりになるのは心苦しいですが、私にジルベール様の力をお貸しください。もちろんジルベール様はご自身の納得がいくまで魔法を試してみてくださって結構です。その代わりと言ってはなんですが、私は補助魔法で最大限ジルベール様をフォローさせていただきますので」


 そう言ってレリアは胸の前で両の拳にギュッと力を込める。


「本当にいいのか?」


「はい。私にもっと魔法の実力があればよかったのですが……」


 そう言ってほんの少しだけ寂しそうな表情を見せるレリア。


 そういえば……今更になってレリアがどんな魔法を使えるのかを詳しく知らないことに気付いた。


「ちなみにレリアは……」


 俺がそう口にしようとしたところで……。


「一番のペアと四八○番のペア。一次試験を開始しますので、第八闘技場にお集まりください」


 急に脳内に直接語りかけるような声が耳に鳴り響いた。


「なっ……なんだこれ」


 俺は思わず耳に手を当てレリアに目を向ける。

 すると、レリアにも同じ声が聞こえているらしく、居心地が悪そうに片目を瞑っている。


「これは風属性の初級魔法の――念話リプレル――ですね。空気の振動を利用して遠く離れた場所に声を届ける汎用魔法です」


「なるほど。これが念話リプレルか。本で読んだことはあったんだけど、いざ実際に体感してみるとなんか気持ち悪いな。脳みそが震える感じというか」


「ふふ。確かに慣れてないと不思議な感じがしますよね。私も最初に念話リプレルを受けた時は耳に息を吹きかけられているようで、身体がぞわぞわした記憶があります」


「今の俺がまさにその感覚だよ」


 そう言って笑い合う俺とレリア。


「じゃあ会場に向かおうか」


 そうして俺とレリアは第八闘技場へと足を向けた。


 ただ、念話リプレルとやらに話の腰を折られてしまった結果、レリアの魔法を確認できないまま一次試験に臨むこととなった。




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