§015 模擬戦

「というわけで、今年の入学試験は、私のにより、例年行われていた『筆記試験』及び『実技試験』ではなく、公平かつ実践的な試験方式――『模擬戦』――を行うこととする」


 シルフォリア様のあまりにも突飛な宣言に会場全体にどよめきが起こる。


 直後、係官がシルフォリア様の下に駆け寄った。


「シルフォリア様、さすがにその変更は……」


 どうやら本当に試験方式が変更されることは彼女の独断によるもののようだ。

 係官を含めて渡り廊下に立つ偉そうな講師陣にも明らかな動揺が見られる。


 そんな状況でも彼女は意に介すことなく平常通り、いや、むしろこの状況を楽しんでいるかのように見える。


「何か問題でも? この学園は王国最高峰の学府。そして次世代の六天魔導士を養成する教育機関だ。そんな場所で今更『筆記試験』などをやって何の意味がある? 魔法の知識を有しているのは当然。それを使いこなせるかどうかを見極めるのが試験ではないか」


「しかし……」


 それでも食い下がる係官に彼女は今までの尊大な言葉遣いを崩す。


「私が『』と言っているのに意見するの?」


 この言葉で全ては決したようなものだった。

 係官は顔面蒼白になりながら後ろに下がるしかなかった。


 俺は実際にシルフォリア様と相対したことがあるからこそわかる。

 彼女の言葉には有無を言わせないだけの力が込められているのだ。


 俺は少しだけ係官の男に同情してしまった。


 シルフォリア様は講師陣が並ぶ列にさっと目を走らせるが、最早彼女に意見する者はいなかった。


 それを認めると、シルフォリア様はまるで何事もなかったかのように笑顔を作り、話を続ける。


「さて、講師陣の了承も取れたみたいなので、細かいルールを決めていこうか」


 尊大な言葉遣いとは裏腹に無邪気な子供のような笑顔を浮かべる彼女。


 彼女はいま「決めていこう」と言った。

 入学試験のルールをその場の思いつきで決めようとしているのだ。


 自分が興味を持ったものは何が何でも手に入れようとする。

 自分の思い通りにならなければその理すらも壊す。

 それは『子供のわがまま』によく似ている。


 先日の邂逅と今日の演説を経て、何となくであるが彼女の人となりがわかったような気がした。

 それと同時に俺はそんな彼女に恐ろしさを覚えてしまった。


 言葉にすると難しいが、彼女は今日言っていたことを明日には百八十度覆すような、今は味方でもいつかは敵に回ってしまうような、そんな危うさがあるのだ。


 もちろん彼女は『常闇の手枷』を解除してくれると言っているし、善人か悪人かで言えば間違いなく善人だろう。


 でも、今の彼女を見ていると、常闇の手枷を解除してくれるというのも、単なる気まぐれにすぎないのではないかという気がしてきた。


 俺は少しだけ心配になってレリアに目を向ける。

 しかし、レリアの反応は俺とは対照的なものだった。


 胸の前でギュッと手を組み、憧れの眼差しをもってシルフォリア様を見つめているのだ。


 他の受験生に視線を移してみるが、皆レリアと同様の反応だ。

 むしろ、先ほどの係官を退けたのが、そのまま彼女の権威につながっているようにすら見える。


 どうやら違和感を覚えているのは俺だけだというのがわかり、少しだけ複雑な気持ちになる。


 そんなことを考えているうちに、彼女が意気揚々と叫ぶ。


「では早速ルールの説明に移らせてもらうよ」


 説明ということで次の言葉を期待したが、そんな俺達の期待を裏切るように、彼女は宙に指を走らせ出した。


 指の通った跡は残像を描くように瞬く間に光沢を持って輝きだし、段々と文章の体裁を成していく。


 ――その姿はまるで『魔法陣』を描いているようだった。


 でも、俺の『魔法陣』とは根本的に違う。

 それが素直な感想だった。


 速さだけで言えば俺の方が段違いに速いのだが、俺のただ無機質に文字を描くだけの『魔法陣』とは異なり、彼女のそれには意思が宿っているようだった。


 まるで妖精が踊るように文字を描く彼女を目の当たりにして俺は言葉を失っていた。


 先ほどまで彼女に抱いていた負の感情が帳消しになるぐらい、彼女のその姿は美しかったのだ。


 刹那の刻を経て、文字が完成する。

 そこにはこう描かれていた。


【一次試験】

〇試験方式:二人一組のペアによるチーム戦

〇試験会場:学内闘技場

〇勝利条件:相手ペアの戦闘続行不能。ただし、殺傷行為は禁止

〇得点配分:勝者ペアに魔石を五個ずつ付与


【二次試験】

〇試験方式:一次試験で獲得した魔石の争奪戦(バトルロワイヤル方式)

〇試験会場:月影(ルビ:つきかげ)の森

〇制限時間:十二時間


【最終合格者】

最終的な魔石保有数の上位五〇名


「一次試験と二次試験があるのか」

「一次試験で負けても即退場ってわけではないのか」

「合格者五〇名。今この会場には一〇〇〇人くらいの受験生がいるから……倍率えげつないな」

「ていうか、これ補助魔法しか使えない私って不利じゃない?」


 当然のことながら受験生からざわめきが起こる。


 そんな受験生をなだめるように、「詳細な試験方式は後で優秀な講師陣が紙にでもまとめてくれると思うので」と前置きをした後、シルフォリア様が補足説明を始める。


「まあ、簡単に言えば、ということだ。試験官の忖度などない完全なる点数方式。これなら公平だしわかりやすい」


 シルフォリア様は人差し指をすらりと立てて説明を続ける。


「それにせっかくだから連携プレーを見てみたいというのもあって、一次試験は二人一組でペアを作る『チーム戦』を採用してみた。なお、こちらからはペアは指定しないので、任意のペアを作るように。まあ、今後社会に出たら仲間作りは必要なわけだし、その練習も兼ねて、友達でも隣にいる人でも気になるあの子でも誘ってみるといい。もしかしたら、そこでボーイ・ミーツ・ガールが生まれるかもしれないからな」


 そう言っていたずらっぽくウインクをする彼女。


 模擬戦……。

 得意とする筆記試験ではない実技試験、しかも実際に魔法戦闘を行う模擬戦方式に、俺は少なからず戸惑いを覚えた。


 唯一の救いは一次試験が『チーム戦』だったということだろうか。

 ペアを作るという点においては特に問題はない。


 俺はレリアに視線を向けると、レリアもちょうどこちらに視線を向けたところだった。


「俺達、ペアってことでいいよな?」


「もちろんです」


 そう言ってレリアは微笑む。


 正直なところ、『常闇の手枷』の効果で俺とレリアが一定の距離を離れられない以上、試験方式によっては試験官に相談しなければならないと思っていたところだ。


 だが、まるで試験方式にホッと胸を撫でおろす。


 一瞬、シルフォリア様が俺達のために気を回してくれたのかとも考えたが、彼女はそんなことをしてくれるようなタマではないと即座に否定する。


 そんなとき、ある生徒から質問が挙がった。


「お言葉ですがシルフォリア様。この方式では、補助魔法や回復魔法を得意とする魔導士はいささか不利ではないでしょうか」


 確かにシステム自体が戦闘を中心に組まれている以上は、攻撃魔法を得意とする魔導士に有利に見えなくもない。

 ただ想定どおりの質問だったようで、シルフォリア様は嘆息の後、それを即座に否定する。


「私は模擬戦で試されるのは攻撃力という名の純粋な『力』のみではないと思っている。魔導士たる者、常に頭を使わなければならないのだ」


 それはシルフォリア様が先日おっしゃっていた言葉と同じだった。


 そのことからもシルフォリア様は真に『力』とは『力』だけとは思っておらず、考えることこそが魔導士の真髄だというのが伝わってくる。


「一次試験はペア戦。もし、自分は攻撃魔法が苦手だと思うなら、攻撃魔法を得意とする魔導士とペアになればいい。二次試験も同様。攻撃魔法が苦手なら、奇襲をするなり、盗むなり、罠を張るなり、団結するなり、いくらでも手段はある。さっきは言葉の綾から『倒しまくれば合格できる』と言ったが、極端な話、わざわざ積極的に倒しまくらなくても、何かしらの手段で最終的にたくさんの魔石を持ってさえいれば勝ちなのだ。特に二次試験は十二時間連続の耐久戦。戦いのバリエーションなんて無限にあると私は思うぞ。そう考えただけでもワクワクするとは思わないか?」


 きっと彼女は数多の戦闘プランを夢想しているのだろう。

 いかにも楽しげな笑みがこぼれる。


「さて、他に質問のある者はいるかな?」


 先の生徒の質問が完封されてしまったことにより、後に続く受験生は当然のことながら現れなかった。


 それを確認したシルフォリア様は宣言する。


「それでは一時間後、学内闘技場にて一次試験を開始する。皆はそれまでにペア登録を済ませるように。健闘を祈る」


 シルフォリア様の締めくくりの言葉とともに、試験説明は閉会を迎えた。


 俺は拳にギュッと力を込める。


 いよいよ入学試験。

 そう思うと自然と手に力が入ってしまった。


「緊張されているのですか?」


「少し」


 俺はたまらず弱音を吐いてしまった。

 そんな俺を見てレリアが手をギュッと握りしめてくる。


「そんなにガチガチだと勝てるものも勝てませんよ。まずは目を閉じて深呼吸をしてみましょう」


「ああ、そうだな」


 俺は言われるがままに、目を閉じて深呼吸してみせる。


 レリアの温かさが握った手を通して俺の心に流れ込んでくるようだった。


「大丈夫です。この五日間、ジルベール様の魔法をこの目で見てきました。ジルベール様なら必ず合格できます」


 レリアの優しい声音を聞いていると、不思議と魔力が漲るようだった。


「それに……仮に不合格だったとしても、一年間二人でみっちり魔法の勉強をして、また来年受験しましょう」


 その言葉で俺の心は決まった。


「もう大丈夫。ありがとう。勇気が出たよ」


 その俺の言葉に安心したように微笑むレリア。


 俺とレリアはお互い頷き合うと、真っすぐに受付に向かう。


 そして、受付番号『一番』の番号札を受け取ると、案内に従って中庭を後にした。



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