§012 幕間(レヴィストロース家)
ジルベールとレリアが王都セレスティアに到着する幾日か前。
レヴィストロース家の一室にて。
我がレヴィストロース家当主モーリス・レヴィストロースの号令と同時に、僕、セドリック・レヴィストロースは父の待つ執務室へと入室した。
「父上、何かご用でしょうか」
「おお。セドリックか。実は折り入って話があってな」
「何なりと」
「突然だがお前には『王立セレスティア魔導学園』を受験してもらおうと思っている」
「王立セレスティア魔導学園でございますか?」
僕は父の意図が理解できずに首を傾げた。
我がレヴィストロース家は代々、領内にある『州立レヴィストロース魔導学園』に進学しており、僕は既に合格の内定ももらっている。
それなのになぜ今になって王立セレスティア魔導学園なのだ。
「王立セレスティア魔導学園は我が国が誇る超名門魔導学園。その実績は折り紙付きだ。そして、なんと来年度から学園長に六天魔導士が就任することが決まった」
六天魔導士が学園長に?
その言葉を聞き、僕は父の意図を言われるまでもなく正確に理解した。
「これは六天魔導士に我がレヴィストロース家の実力を認めてもらう絶好の機会である。したがって、セドリック・レヴィストロースは王立セレスティア魔導学園を受験し、同学の試験を首席で突破してみせよ。お前の固有魔法をもってすれば十分可能なはずだ」
僕は心の中で盛大な舌打ちをした。
要は僕が六天魔導士に取り入って、その地位を確立してこいということだ。
でも、父上は今更になって何でそんな面倒なことを言い出すのだ。
確かに六天魔導士とお近づきになれるのは僕を六天魔導士にしようとしている父上からすればまたとない好機かもしれない。
しかし、爵位さえ継承できればいい僕にとってはいい迷惑だ。
領内の魔導学園であれば我が家の名前をもって顔パスで入学できたものを、名門魔導学園となったら、さすがの僕でも対策を立てなければならないじゃないか。
こんなに重大なことを直前に決めるなんて……これだから脳味噌まで筋肉でできているような人とは関わりたくないんだ。
「お任せください、父上」
そんな内心を悟られないように僕はハキハキと現当主である父に答える。
「うむ。よい返事だ、セドリックよ。実のところ、最近は十年前のあの史上最悪の大災害で受けた古傷のせいで自身の身体に限界を感じている。そこで、お前が王立セレスティア魔導学園を卒業した暁には、世継ぎを正式に発表するつもりだ。お前は三年後にはこの家の当主になることになる。レヴィストロース家の名に恥じぬ活躍を期待しているぞ」
なるほど。そう来るか。
その言葉を聞いて、僕は先ほどの感情とは対照的な感情を抱き、心の中でニヤリと笑う。
「ありがとうございます。我が固有魔法【焔の魔法剣】・エスペシアル・ディオサの威力を世に知らしめる所存でございます」
そして、くるりと背を向けて扉に向かって歩き出した。
「ぐ、ぐふ」
ふふ、ははは。まったく笑いが止まらないよ。
予定とは少し違った。
しかし、僕にとってもどうやらこれは悪くない条件のようだ。
兄様が無能で追放されてくれたおかげで、僕は魔導学園を卒業するだけで爵位を継ぐことができるのだから。
仕方ない。
入学試験だけは父上からのご命令とあらば真剣にやろう。
僕は要領がいいから王国屈指の魔導学園といえども首席合格など容易い。
あとは問題を起こさずに卒業できればそれでいいさ。
何せこのレヴィストロース家の跡取りは僕しかいないのだから。
まあ、僕の【焔の魔法剣】・エスペシアル・ディオサさえあれば、努力なんかしなくても首席で卒業まで出来ちゃうかもしれないけどね。
ふふ、この剣の威力を披露するのが待ち遠しくて仕方ないよ。
僕は黒い笑みを浮かべながら部屋を後にした。
***
更に時を同じくして。
「は? 聖女を取り逃がした?」
地に平伏する恰幅のいい男に対して、細身の男は苛立ちを露わにしていた。
「も、申し訳ございません。敵に無詠唱で魔法を発動できる魔導士がおりまして」
「無詠唱? そんな魔導士いるわけないじゃん。言い訳ならもう少しマシなことを言いなよ」
苛立ちを隠せない男は椅子の肘掛けをコツコツと叩きながら、一言の詠唱を呟く。
――途端、恰幅のいい男の右腕から氷柱が立ち上った。
「ぎぃゃゃゃぁぁぁあああーーー!」
飛び散る血潮とともに、絶叫を上げる男。
右腕から生え出た氷柱は、身体を蝕むように男を少しずつ氷漬けにしていく。
「あのさー。今回はかな~り重要な任務だから『常闇の手枷』まで持たせたんだよ? それなのに任務失敗とか。僕はあのお方になんて報告すればいいんだい? 許せないこと、この上ないよね」
「あ……う……」
「ねえ? なんとか言ったらどうなの?」
冷ややかな風が部屋中を舞い、気温がみるみるうちに低下していく。
そんな永遠に続くかのような拷問もすぐに終わりを迎えた。
無情にも顔以外の全ての部位が凍てつく氷に覆われてしまったのだ。
「ど、う……か……、おた……すけを……」
「はぁ……役立たずはうちの組織にはいらないんだよ」
次の瞬間、指の音がパチンと鳴り響いた。
刹那、一時停止していた顔への氷化が再開する。
「あ、あ……たすけ……ぅ……ン様」
涙を流して必死に懇願する男。
しかし、氷のように青白い顔色をした男にはその声はもう届いていなかった。
流れ落ちる涙も氷柱となって、やがて全てが氷像へと変わった。
そんな静謐に満ちた部屋で、男は静かに嘆息する。
「まあいいや。聖女様の行き先の見当はついてる。今度は僕自らが足を運ぶとしよう。そう――全ては世界奉還のために」
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