§011 六天魔導士

「え、え、ご存じなかったんですか?」


「……すまん。よくわからん魔導士に絡まれたものだとばかり」


「あの最年少で六天魔導士になられたシルフォリア様ですよ?」


「……名前だけは知ってたけど、まさかこんなに若い女の子……いや女性だとは思ってなくて」


 レリアは六天魔導士を前にして興奮しているのか、彼女がいかに浮世離れした人物なのかを語ってくれた。


 シルフォリア・ローゼンクロイツ。


 六天魔導士にして来年度から王立学園の学園長を務める人物。

 つまり、俺とレリアが受験する王立学園の最高責任者だ。


 通常であれば、長年功績を積み重ねた壮年の魔導士が六天魔導士に選出されるところ、シルフォリア様は齢十八歳。


 王立学園に在学中に六天魔導士に選出されたという超天才魔導士とのことだ。


 そんなことは前代未聞。

 まさに異例中の異例。

 この事実こそ、彼女がいかに卓越した才能を持ち合わせているかの左証でもある。


 どうやらこのお祭りもシルフォリア様が王立学園の学園長に就任したお祝いに催されているものらしい。


 そんなシルフォリア様のことを俺がなぜ知らなかったかというと、彼女が六天魔導士に就任したのはここ数カ月の出来事だったからだ。


 つまり、俺が山小屋で暮らしていたとき。

 あの時は外界の情報に触れる機会などほとんどなかったものだから、そんな世界的な一大事が起こっていることなど知る由もなかった。


 レリアの話によると、シルフォリア様はを保有しているとの話だが、とりあえず彼女が『敵』ではなかったことに心底ホッとする。


 さっきはやむにやまれず臨戦の構えを取ったが、正直なところ、彼女に勝てるビジョンが全く浮かばなかったのだ。


「他己紹介ありがとう。君は感心だね。一方の君は……」


 シルフォリア様は俺の方をチラリと見て、ため息交じりに自嘲する。


「申し訳ございません。少々山籠もりをしておりまして、世事に疎くなっておりました」


 歳はさほど変わらないようだが、年上であることには変わりはない。

 何より彼女は六天魔導士であり、王立学園の学園長なのだ。


 俺は頭を下げ、敬意をもって彼女に応対する。


「あんまり気を遣われるのは好きじゃないけど、全然知られていないのはさすがにショックだね。少しはそこのを見習ってほしいものだよ」


「大司教……ですか?」


 俺は彼女の言葉に引っ掛かりを覚え、思わず聞き返してしまった。


 『大司教』とは司教の頂点に立つ人物のことだ。

 教会組織の中で教皇の次点の存在。

 でもレリアは確か街の司教の出自と言っていたはず。

 シルフォリア様の言い間違いだろうか?


 そんなことを考えていると、横にいたレリアが咄嗟に口を挟む。


「シルフォリア様。突然のことで大変恐縮なのですが、折り入ってお願いがございます」


 ああ、そうだった。

 俺はレリアの言葉で当初の目的――『常闇の手枷』の解除――を思い出す。


 図らずもその目的の最大のピースが目の前にいるのだ。

 この機会を逃す手はない。


 レリアは丁寧な口調で、これまでの経緯、『常闇の手枷』のこと、解除には高位の光魔法が必要なことなどを説明し、敢えて俺と距離を取って『常闇の手枷』の効果を実演してみせた。


「なるほど。これは確かに変わった魔導具だね。それで私にその魔導具を外してほしいと?」


 シルフォリア様は俺とレリアを繋ぐ常闇の手枷に目を向ける。


「はい。そのとおりでございます。シルフォリア様は高位の光魔法をお使いになれると伺いました。私達は教会での解除は困難な事情がありまして、どうかシルフォリア様のお力添えをいただければと思った次第です」


「まあ、事情は大体わかったよ。こんな魔導具があったらおちおち寝てもいられないもんね」


 シルフォリア様は顎に手を当てて頷く。


「だが……申し訳ないけど断らせてもらうよ」


 その返事に俺とレリアは思わず顔を見合わせてしまった。


 確かに無理も承知でのお願いだった。

 元々かなり偉い人だと聞いていたし、そもそも会うことすら許されないと思っていた。


 でも、シルフォリア様はなぜか俺達を待っていたらしいし、もしかしたら彼女は何かしらの理由で俺達を買ってくれているのではないかという心証を抱いていた。


 それゆえにシルフォリア様の返答は少し意外だった。


「シルフォリア様。俺達にできることなら何でもします。どうか再考をお願いできないでしょうか」


 俺の必死の懇願を見て、シルフォリア様は短く嘆息する。


「別に意地悪を言っているつもりはないんだけどね。まず、君達は一つ大きな勘違いをしてるよ。どこで私が高位の光魔法を使えるなんていうデマを聞いてきたのか知らないけど、私は高位の光魔法は使えないよ」


「「えっ、そうなんですか?」」


「私の魔法適性は『光』じゃないからね。光魔法も使えないことはないけど、そこそこの威力しか出ないんじゃないかな。まあ、その程度の魔導具なら私の固有魔法なら簡単に壊せるだろうけど」


「では……」


 俺がそう言いかけたところ、シルフォリア様がそれを遮る。


「でもさ、私の固有魔法はちょっとだけ特殊でね。それなりに制約があるんだ。冷たい言い方に聞こえるかもだけど、見ず知らずの今の君達にそこまでしてあげるメリットが私にはないんだよ」


 シルフォリア様から返ってきたのは想像よりも無慈悲な言葉だった。

 ただ、その言い分はぐうの音も出ないほどに正論だ。


 彼女の固有魔法の発動にはどうやら『制約』というものがあるらしいし、そもそも、シルフォリア様は六天魔導士だ。

 俺達みたいな一介の平民と会話をしてくださっているだけで感謝しなければならないレベル。

 それなのに一方的にお願いしようなど虫がいい話だったのかもしれない。


 俺はレリアにだけ聞こえる声で耳打ちする。


「残念だけど仕方ない。シルフォリア様の言う通りだ。ここは諦めて別の策を考えよう」


「……はい」


 レリアは悔しさをにじませながらも引き下がるほかない。


 俺達はお礼を言ってこの場を立ち去ろうとすると、シルフォリア様がなぜかやれやれとばかりにわざとらしく首を振る。


「最近の若い子はこの程度で引き下がるのか」


「え?」


「私だったら力尽くでも自分の意見を押し通そうと思うけどね」


「と言いましても、俺達がシルフォリア様に勝てるとは到底思えませんが……」


 それを聞いて彼女はハァ~と更に大きなため息をつく。


「力とは別に純粋な『力』だけを言ってるんじゃないよ。魔導士たる者、常に頭を使わなければならない。さて、『魔法陣』の少年よ。私は先ほどなんと言った?」


「……見ず知らずの俺達を助ける義理はないと」


「正確には『見ず知らずの今の君達を助けるメリットはない』だ。確かに、私には見ず知らずの少年・少女を助ける趣味はないが、魔法の実力が認められたうちの学園の生徒となれば話は別だ」


「え?」


「君達は王立学園の入学試験を受けるために遠路はるばる田舎から出てきたんだろ? 明日から始まる入学試験で、私に固有魔法を使ってもいいと思わせるくらいの魔法を、実力を、メリットを見せてくれたら、その魔導具を外してあげてもいいよ」


「本当ですか?」


「もちろんだ。まあ、うちの試験はそんなに簡単じゃないけどね。何せこの国でトップの実力を誇る王立セレスティア魔導学園なんだから」


 そう言ってニヤリと笑みを見せるシルフォリア様。


「「はい! 頑張ります!」」


「ふふ、少しはやる気になったみたいだね。幸運を祈るよ。君達には期待しているんだ」


 シルフォリア様はそう言って満足気な笑みを浮かべると、くるりと背を向けてその場を去ろうとした。


「あ、シルフォリア様」


 そんなシルフォリア様を俺は思わず呼び止める。


「ん?」


「俺達に何か話があったのではないのですか?」


 半身だけ振り返ったシルフォリア様が「ああ、そうだったね」と言いながら、俺達に視線を向ける。


「でも、もう大丈夫。元々が目的だったから」


 待ち伏せまでしておきながら話すことが目的?


 俺は彼女の真意が読み取れず首を傾げる。

 そんな俺を見て彼女は薄く笑った。


「もういつ振りかわからないが、久々に楽しかったよ。『魔法陣』の少年と『大司教』の娘」


 その言葉に一瞬、本当に一瞬だけ感傷が混じったような気がした。


 しかし、彼女の表情を確認する暇も無く、シルフォリア様は俺達に背を向け、今度こそこの場を後にした。


 俺とレリアは黙ってそれを見送る。


「シルフォリア様……なんだか最後少し寂しそうじゃなかったか?」


「はい。私もなぜかそう感じてしまいました。口では楽しかったとおっしゃっていましたが……」


 俺とレリアは何とも言えない後味に顔を見合わせる。


 もうこの頃には日は落ちかけ、西の空が夕映えに染まっていた。


 冷たくなってきた風が頬を優しく撫ぜる。


「でも……何はともあれ、とりあえず第一関門は突破だな」


「はい。シルフォリア様も常闇の手枷の解除を約束してくれましたし、あとは王立学園に合格するだけですね」


 俺は夕日に照らされて黄金に光り輝く王宮に目を向ける。


 俺達は確かにいま王都セレスティアに立っているんだ。


 一度は諦めかけた大魔導への夢。

 その第一歩が……これから始まるんだ。


 思えばこの三年間はいろいろなことがあった。

 十二歳を迎え、啓示の儀を行い、固有魔法【速記術】を得た。

 そして、家を追放され、一人山小屋で暮らし、自暴自棄になっていた。


 でも今、俺はここに立っている。


 そして俺の隣には……。


「レリア」


「はい!」


「明日の試験、二人で絶対に合格しようなっ!」


 俺の突然の言葉に少し驚いた様子を見せたレリアだったが、すぐに眩いほどの笑顔を見せると俺の手を取って歩き出した。


「はい! 絶対絶対約束ですよ!」


 こうして、俺とレリアの物語はまた一歩、駒を進めたのであった。



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