第2章【王立セレスティア魔導学園】
§013 再会
王立セレスティア魔導学園、通称・王立学園は、我がユーフィリア王国の王都セレスティアの西方に所在している。
現在、『王立』と名のつく魔導学園は王国内で一校しか存在しない。
広大な敷地を有し、学習設備も講師の質も超一流。
次世代の六天魔導士を養育することに特化して組まれたカリキュラムも話題で、実際、六天魔導士の輩出率は魔導学園の中でも群を抜いている。
校章は六天魔導士への希望と期待が込められた六芒星に長杖と聖剣がモチーフだ。
そして、何より特徴的なのは完全なる『実力主義』であること。
王立学園は身分などを一切問わず、魔法に秀でた才があれば誰でも入学できることで有名だ。
その分、入学試験の難易度は非常に高く、各地で天才と謳われた腕に自信のある魔導士でも入学できるのはほんの一握り。
それゆえに王立学園を卒業できた暁には宮廷魔導士など高級職への就職が約束される。
そんな王立学園の入学試験が、今、始まろうとしていた。
「それにしてもすごい人数だな」
「ですね。緊張してきました」
俺とレリアが試験会場に赴いた時には、既に多くの受験生でごった返していた。
かなり余裕を持って会場に到着したつもりだったが、大半の受験生が既に到着しているようだ。
緊張した面持ちで周囲を観察している者、余裕な表情で会話を楽しんでいる者、魔導書を熱心に読んでいる者と様々だ。
それでも、王立学園を受験するぐらいだから、皆、腕に自信のある者ばかりなのだろう。
そう考えるだけで身が引き締まる思いだ。
俺達は受付を終えると、中庭に足を踏み入れる。
すると受験生の視線が一斉にこちらに向けられた。
まるで品定めをするかのような視線。
それと同時にひそひそと小声で話す声も聞こえる。
「いま入ってきた二人組、知ってるか?」
「いや知らない顔だな。少なくとも有名貴族ではないな」
どうやらこうやって事前にライバルとなる魔導士をチェックしているようだ。
ただ、こんな聞き耳を立てれば聞こえる声量で話しているぐらいだ。
逆にこちらはそこまで警戒する相手ではないだろう。
「それにしてもあの女の子はめちゃくちゃ可愛いな。あの子と一緒に学園生活を送れるかもと思うと身が引き締まるな」
「それな。男はノーマークでいいが、女の子は要チェックや」
俺達とは違った意味で身が引き締まっている下世話な会話にレリアはあからさまに顔をしかめている。
そんな視線をかいくぐって中庭の中央まで来たところで、会場に大きなどよめきが起こった。
俺は何事かと思って振り返る。
その瞬間、背筋が凍ったような感覚に襲われた。
視線の先にいたのは――セドリック・レヴィストロース――我が弟だった。
なぜあいつがここにいるのだ。
レヴィストロース家の人間は代々、領内の魔導学園に進学するはずなのに……。
「見ろ見ろ。レヴィストロース家の嫡男であらせられるセドリック様だぞ」
「すごいオーラだ。さすがは【焔の魔法剣】の所持者。今年の首席合格候補らしいぞ」
「端整な顔立ち。お近づきになれないかしら」
そんな黄色い声援も俺の耳には入らなかった。
今まで抑え込んでいた黒い感情が沸々と込みあがってくる。
セドリックは声援に応えながらもゆっくりと歩みを進める。
そして、
――俺と彼の視線が交差した。
セドリックは俺を認めて、一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めたように思えた。
しかし、すぐに何もなかったかのように歩みを戻し、そのまま真っすぐとこちらに向かってくる。
表情は心なしか笑みを浮かべているようにも見えた。
最悪だ……。
俺は素直にそう思った。
最初に考えたのはレリアのことだ。
俺はレリアに自分がレヴィストロース家出身であることを打ち明けていない。
レリアは俺を普通の平民だと思っているはずだ。
そんな俺がセドリックと普通に会話をしていたらそれこそ今まで隠していたことが明るみに出てしまう。
それに……セドリックは我が弟ながら非常に狡猾なやつだ。
自分が次男であることを自覚し、俺がいる限り、自分には爵位が回ってこないことを十分に把握していた。
だから、普段はやる気がなく、全てのことに手を抜く劣等生。
しかし、いざ大事な場面になると、持ち前の知略で俺の失敗を誘い、仕組み、陥れる。そんな性格のやつだった。
俺が家を追放されたのは父上の判断だ。
セドリックへ黒い感情を抱くのは逆恨みなのかもしれない。
それでも……。
――いっそのこと小説家にでもなればいいんじゃないのかな――
俺はこの言葉を忘れはしない。
俺が転落する瞬間を虎視眈々と狙っていたことを忘れはしない。
こんな気持ちが渦巻き、もしセドリックと相対したら平静を保てる自信が俺にはなかった。
この場から逃げ出したい気持ちが一層強くなる。
ただ、俺は結局その場から動くことができなかった。
拳にギュッと力を入れ、唇を噛みしめ、無言で弟を待つ。
そして、弟が俺の目の前に立つ――
「…………なっ!」
しかし、弟は俺の前で立ち止まることなく、そのまま横を何事もなかったかのように通り過ぎた。
弟の瞳は確かに俺のことを捉えていた。
しかし弟はお前なんか眼中にないとばかりに素通りしてみせたのだ。
そうか……それがお前の答えか……セドリック。
この瞬間、俺の中に湧き上がってきた感情は『悔しさ』だった。
あいつは【焔の魔法剣】に選ばれた男。
一方の俺は【速記術】という前例のない固有魔法の所持者。
俺はこんな固有魔法を与えられたんじゃ仕方ないと……弟にはもう勝てないのだと諦めていたところがあった。
しかし、今の俺にはもう劣等感は無い。
俺はちらりとレリアに視線を向ける。
そう……レリアが教えてくれた。
【速記術】は俺が持つ最大限の個性だ。
俺はこの【速記術】を駆使して、世界で誰よりも速く『魔法陣』を描き、魔導士街道を駆け上がってみせる。
そして……いつか必ずお前を超えてみせるぞ――セドリック。
「ジルベール様……どうかなさいましたか?」
レリアが俺の異変に気付いて心配そうに顔を覗きこんでくる。
「ああ……ちょっと昔を思い出してしまってね」
「昔……ですか?」
「……そうだな」
俺は自分に言い聞かせるように一拍置いてから言葉を紡ぐ。
「でも、もう大丈夫。レリアのおかげで……心の整理はついていたみたいだ」
「私のおかげ……ですか?」
レリアは一瞬不思議そうな顔を見せたが、俺の表情を認めると、すぐに安心したような微笑みを見せてくれた。
「それでは入学試験を開始しますので、受験生はこちらに集まってください」
おあつらえ向きに係官の声が響き渡る。
「いよいよみたいだな」
「はい。ついに私達の入学試験が始まるのですね」
俺とレリアは今一度視線を交差させる。
そして、動き出す人の流れに混ざり係官の下へ向かった。
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