§009 王都セレスティア
王都セレスティアまでは丸五日を要した。
王都とレヴィストロース辺境伯領はそれなりに距離が離れているため、効率よく馬車を乗り継いでも、想像以上に時間がかかってしまったのだ。
でも、旅の疲れなど目の前に広がる光景を目の当たりにしたら、嘘のように吹き飛んでしまった。
そこはまさに大都会だった。
見上げるほど高く築き上げられた石造りの正門に、街の中心へと真っすぐ伸びるアスファルト通り。
通りには煉瓦造りの家屋が規則正しく立ち並び、行商人など多くの人々が行き交っている。
「おお、これがセレスティア……」
俺はそんな活気あふれた街並みを見て、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
何を隠そう俺は王都を訪れるのは初めてなのだ。
「やっと着きましたね! 長旅お疲れ様でした!」
隣に立つレリアも心なしか普段よりテンションが高めだ。
「レヴィストロース辺境伯領とはこんなにも違うものなんだな。こうやって見ると田舎者丸出しだし、本当に王国最高峰の魔導学園を俺なんかが受験していいのか不安になってきたよ」
「大丈夫ですよ。王立学園は出自での差別はありません。それにジルベール様は既に魔法陣を使いこなせるようになられたではありませんか」
レリアは上機嫌に後ろ手を組みながら俺の前に立つと、ニコリと微笑んで見せる。
王都への五日間、俺とレリアは移動の馬車の時間を除き、空いた時間は全て『魔法陣』の練習に費やした。
ただ最初はそれも思うようにはいかなかった。
俺は山小屋生活で魔導書に記されていた魔法陣を全て暗記していた。
そのため、どんなに複雑な魔法陣でも俺の【速記術】を使えば五秒もあれば描くことができた。
けれど、これと魔法が発動するかは別の話だ。
魔法陣の場合も詠唱魔法と同様、描いたからといってその全てが発動するというわけではなく、やはり魔力量や資質が大きく作用しているようだった。
俺が発動できたのは中級魔法まで。
と言っても詠唱魔法の場合は初級魔法、しかも、かなり限られた火属性の魔法しか発動できなかったのだから、これでもかなりの進歩と言えるだろう。
「まだ試せてない魔法陣もたくさんあるし全然時間が足りないな。でもとりあえずは街に入って宿を探そうか。この先の滞在を考えると出来るだけ安い宿を見つけたい」
「そうですね。一応、私は王都は初めてじゃないので、案内させてください」
レリアはそう言うと意気揚々と正門をくぐる。するとそこは想像以上の人混みだった。
「屋台がたくさん出てますね。何かのお祭りでしょうか」
レリアの言う通り、アスファルト通りは多くの屋台が出店しており、店員が威勢のいい声を張り上げて客引きを行っていた。
吟遊詩人が謡い、曲芸師が芸を披露する。ジュージューと肉汁が滴る串焼きや、くるくると芸術的な形をしたポテトの屋台が立ち並ぶその光景は、紛うことなきお祭りだった。
「建国記念日……ではないし、生誕祭か何かかもな。せっかくだし少し回ってみるか?」
「え? いいんですか?!」
俺の突然の提案に目を輝かせながら食い気味に答えるレリア。
「ああ、もちろん。レリアには散々魔法の練習に付き合わせちゃったからお礼も兼ねて」
「お礼なんて……それには及びませんよ。でも、いいんですか? 魔法陣の練習は……」
眉を顰めたレリアは俺に伺いを立てるように上目遣いをする。
「練習なんて夜にするさ。それにどちらにせよ食料を調達しなきゃいけなかったし、ちょうどいいだろ」
「では、お言葉に甘えて。実は私、お祭りというものに行ったことがなくて……少し緊張します」
「お祭りに行ったことないのか? 教会にお祭りは付き物なイメージがあるけど」
「はい。お祭り自体に出席したことはあるのですが、あくまで主催者側というか。儀式とかもありますので、教会の娘がむやみやたらに街を出歩くわけにはいきませんし……」
「ああ、なるほど」
そう言われてみれば確かにそうだ。
となるとこれがレリアにとって初めてのお祭り。
どうりでさっきから落ち着きがないわけだ。
レリアはきょろきょろと辺りを見回し、何か気になるものがあるとキラキラと無邪気な視線を送っているのがわかる。
そんな普段見られないレリアの一面に触れ、入学試験への緊張も心なしか綻ぶ。
「じゃあお祭りは俺に案内させてくれ。定番の屋台くらいなら教えられると思う」
「あ、あの……わたあめ……」
「ん?」
「実は……子供の頃からわたあめを食べるのに憧れていまして……もしよかったら案内していただけますか?」
顔を紅潮させてもじもじするレリアを見て、俺は思わず笑い声を上げてしまった。
「ははっ、じゃあまずはわたあめの屋台を見つけようか」
「な、なんで笑うんですか。ジルベール様、いま私のこと子供だと思いましたね。ひどいです」
「いや、そんなことないよ。でもレリアからまさか『わたあめ』って単語が出てくると思わなかったから面白くって」
「私だって女の子なんですから甘いものには目がないんです。さあ、そうと決まれば早く向かいましょう」
そう言って今にも待ちきれんとばかりに俺の腕を引くレリア。
俺はそんなレリアを見て更なる笑い声を上げつつ、王都の中心部へと足を進めた。
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