§008 受験

「つまり、レリアは魔導学園を受験しようと街に向かっている道中で男達に襲われたと?」


 俺はベッドに横並びで腰かけて髪の毛を乾かしているレリアに目を向ける。


 レリアはお風呂上がりということもあり、髪の毛を緩いアップに結び、頬や首元をほのかに上気させていた。


「……はい。王都セレスティアにある『王立セレスティア魔導学園』に向かっている道中でした」


 王立セレスティア魔導学園、通称・王立学園は我がユーフィリア王国内で最大級の規模を誇る魔導学園。

 過去に何名もの六天魔導士を輩出している超名門だ。


 ただ、それを聞いて俺はふと疑問に思った。


「どうしてレヴィストロース辺境伯領内の魔導学園を受験しないんだ? 相当志が高くなければ王立学園なんて選ばないと思うのだが」


 確かに王立学園は名門だ。

 しかし、レヴィストロース辺境伯領内から王立学園をわざわざ受験するという話はあまり聞いたことがなかった。


 というのも、既に独立国家と言えるほどに広大な領地を有するレヴィストロース辺境伯領。

 その領内には無数の魔導学園が点在しており、まだ募集を行っているところもあるはずだ。


 それにもかかわらず王立学園を受験するというのは、何か理由があるのだろうか。


 俺はレリアの魔法を実は一度も見たことがないのだが、攻撃魔法は得意じゃないと言っていたし、とても王国屈指の魔導学園を受験できるほどに非凡な才があるとは思えなかった。


「あの……それは……」


 俺の問いかけに一瞬口ごもるレリアだったが、意を決したかのようにスッと視線を上げる。


「その……私が司教の娘であることはお話ししましたよね?」


「……ああ」


「実は……うちの教会はからあまり評判が良くなくて……レヴィストロース辺境伯領内の魔術学園では受験が認められなかったのです……」


「そっ……そんな……」


 俺はレリアの言葉に唖然としてしまった。


 俺のように不合格になっていたのならいざ知らず、まさか受験自体が認められていないなんて。


「もしかして、『自分がいると教会には受け入れてもらえない』と言っていたのも同じ理由か?」


 レリアはコクリと頷く。


「どうしても魔法を学びたかった。魔法でたくさんの人を幸せにするのが私の夢なのです。でも、家柄とか確執とかそういうので受験すらさせてもらえないのが悔しくて悔しくて……」


 レリアは俯きながら唇をギュッと噛みしめる。


「そこで辿り着いたのが王立学園だったのです。王立学園は良くも悪くも完全なる実力主義。なので、こんな私でも魔法の実力さえ認めてもらえれば、入学を許可してもらえると思ったのです」


「…………」


「とまあもっともらしいことを言いましたが、本当は……私のことを……家柄のことを誰も知らない新天地でやり直したいと思っただけなんですけどね……」


 そう言ってレリアは悲しそうに苦笑する。


 その表情は悲痛に満ちており、レリアがこれまでどのような人生を歩んできたのかを否応なしに察してしまった。


 ……新天地でやり直したい。


 俺にはその気持ちが痛いほどによくわかった。


 だってそれは家を追放された俺が真っ先に考えたことだったから。


「でも、実はもういっそのこと受験なんてやめてしまおうかと思っていたんです」


「…………」


「こんな後ろ向きな理由で受験をして私は満足なのか……それはただ逃げているだけなんじゃないか……と心の中がずっとモヤモヤしていて」


 俺は何て言葉をかけていいかわからずに、レリアをただ見つめる。


 しかし、レリアは俯いていた顔をパッと上げた。


「でも……そんな後ろ向きだった私に、ジルベール様は前向きになれるきっかけをくださりました」


「きっかけ?」


「はい。実は……王立学園の学園長が六天魔導士の一人でして、高位の光魔法を扱えると聞いたことがあります。その方にお願いすれば常闇の手枷を外してもらえるのではないかと思いまして」


 突如紡がれた『六天魔導士』という言葉に思わず胸が跳ねる。


「王立学園に六天魔導士がいるのか?」


「はい。来年度から新たに就任する学園長が六天魔導士とのことです」


 なるほど。確かに六天魔導士なら、この程度の魔導具であれば一瞬で解除できるだろう。


「でも学園長って偉いんだろ? いきなりお願いしておいそれと外してくれるものなのか?」


「そこはちょっとわかりかねますが、教会を頼れない以上は頼れる人物は限られてしまって……そもそも高位の光魔法を扱える人はそう多くはないのです」


 レリアはそこまで言うと、なぜか頬を赤らめながら俯く。


「あと……これは個人的な感情なのですが……」


「……うん?」


「このジルベール様と過ごした数日間は本当に楽しい時間でした。そんなジルベール様が先ほど魔法を頑張ってみたいとおっしゃっていたのを聞いて……あの……私も……できればジルベール様と一緒に切磋琢磨したいなというか……一緒に王立学園に入学できたらきっと毎日が楽しいんだろうな……なんて思ったりなんかしたりして……って私は何を言っているのでしょう」


 顔を真っ赤にしながらしどろもどろになるレリアを見て、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。


「いや……俺も実はレリアと一緒に魔法を学べたら楽しいだろうなと思っていたところだ」


「……え」


 俺に再び魔法を学んでみようと思わせてくれたのはレリアだ。

 そんなレリアが俺なんかと一緒に頑張りたいと言ってくれているのだから、元々断る理由などあるはずがないのだ。


「俺も王立学園を受験するよ。まだ『魔法陣』も【速記術】も使いこなせる自信は無いし、そんな名門魔導学園に合格できるかはわからないけど、レリアと一緒なら頑張れる。そう思ったんだ」


 そこまで言うとレリアの顔がぱあっと明るくなる。


「本当によろしいのですか? 私から誘っておいてなんですが、私はの娘ですよ? 一緒にいてマイナスになることはあれど、プラスになることなんてありませんよ?」


「それは俺も同じさ。俺はハズレ固有魔法の所持者で、世間からのはみ出し者さ。でも、レリアはそんな俺に救われたと言ってくれた。そんな固有魔法を誰にも真似できない個性だと言ってくれた」


 俺はその言葉に救われた。

 失意のどん底にいた俺に、今一度、大魔導への道を示してくれた。

 そんな彼女に報いたい。


 そう強く思うようになっていた。


「レリアが俺のことを必要としてくれている。俺が王立学園に通いたいと思うこれ以上の理由はないよ」


「……ありがとうございます。そんな言葉をかけていただいたのは生まれて初めてです」


 レリアは頬を赤く染め、瞳を潤ませながら、優しくはにかんだ。


 そのレリアの表情があまりにも可愛くて……直視できないほど眩しくて……俺は咄嗟に視線を逸らすと、誤魔化すように言う。


「そうと決まれば、いまから魔法の特訓だな。早く【速記術】を使いこなせるようにならないと」


「え? いまからですか?」


 そんな俺の突然の提案に驚きの表情を見せるレリア。


「何となく今なら成功しそうな気がするんだけど……ダメか……?」


 懇願する俺の表情が可笑しかったのか、レリアはプッと吹き出す。


「本当に勤勉なジルベール様らしいですね。わかりました。お付き合いしますよ。その代わり……一つだけ約束してください」


「……約束?」


「はい」


 こちらに向き直ったレリアは、アップにした髪を跳ねさせ、天使のような微笑みを浮かべて、こう言った。


「二人で絶対に合格しましょうね」




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