§006 常闇の手枷

「うおっ!」

「きゃっ!」


 俺と彼女は同時に悲鳴を上げるが時すでに遅し。


 その黒い光は、禍々しいオーラを放ちながら俺と彼女を包み込んだのだ。

 黒い光は段々と実体を形成するかのように収束し、瞬く間に、俺の左手首と彼女の右手首をつなぐ手枷に姿を変えた。


「なっ! なんだこれ!」


 俺は思わず声を上げ、咄嗟に離れようとしたが、それと同時に手枷から強力な魔力が放たれる。


「きゃっ!」


 次の瞬間、彼女の悲鳴が聞こえ、なぜか目の前に彼女の姿があった。

 まるで俺に引き寄せられるかのように。

 結果、俺は彼女に押し倒される形になってしまった。


「いてて……これは一体……」


 腕の中にすっぽりと収まる彼女。

 刺激的な柔らかさが肌を通して伝わり、ほんのりと甘い香りが脳天を突き抜ける。


「も、申し訳ございません! お怪我はありませんか?!」


 彼女は咄嗟に俺から飛び退くと、頬を赤らめながら今度は俺に手を貸してくれた。


「あ、ありがとう……これは君の魔法か?」


 俺と彼女の間に引力が発生したような……そんな感じだった。


「いいえ。私ではありません」


 彼女は申し訳なさそうに首を振る。


「ですが心当たりはあります。これはおそらく先ほどの男達が使用した魔導具『常闇の手枷』です」


「……常闇の手枷?」


「はい。貴方様が駆けつけてくださる直前に男達は私にこの魔導具を使用しました。男達の話では対象者を拘束する魔導具だそうです。それが今、貴方様が触れた瞬間に何かしらの理由で発動してしまったみたいで……」


「……なるほど」


「そして、貴方様も感じ取っておられると思いますが、これには高位の闇属性の魔法が付与されています。そのため破壊はかなり難しいかと……」


 『魔導具』とは魔法が込められた道具の総称だ。

 魔導具を生成するには高位の魔法が必要とされており、そもそもの流通量が多くない希少品だ。

 セドリックの【焔の魔法剣】のように固有魔法としての魔導具も一応は存在するが、かなり例外的な存在だと言える。


 この魔導具はおそらく術者、厳密には俺は術者ではないが、発動後に最初に触れた者と対象者をつなぎ合わせる効果があるのだろう。

 そのため、この魔導具は俺を術者だと判断し、一定以上の距離が離れると彼女を俺の下に連れ戻すように作用しているのだ。


 それに……厄介なことに闇属性の魔法か。


 魔法には属性というものが存在する。


 五大属性と呼ばれる『火』、『水』、『地』、『風』、『雷』と、特殊属性と呼ばれる『光』、『闇』、『無』。


 そして、人にはそれぞれ『魔法適性』というものがあり、魔法適性によって使える魔法の得手不得手が決まる。


 例えば、俺の魔法適性は『火』。

 つまり、俺は火属性の魔法であれば、初級魔法から上級魔法まではもちろん、上級魔法を超越した――極域魔法すらも使いこなせる可能性があるのだ。


 他方、『火』以外の属性、例えば『火』属性とは対極に位置する『水』属性の魔法については、俺が極域魔法を使いこなせる可能性は無く、むしろ初級魔法ですら発動に膨大な時間を要したり、大幅に魔力を消耗したりと弊害が多い。


 そのため、多くの魔導士は自分の魔法適性に合った魔法の鍛錬に勤しむのが一般的だ。

 

 その魔法属性の中でも希少と言われているのが、特殊属性の『光』、『闇』、『無』だ。


 これらの適性を持つ者は大体一〇〇人に一人の割合だと言う。


 そして、この魔導具に付与された魔法は『闇』。

 『闇』属性の魔法に対しては『光』属性の魔法で対抗するのが定石なのだが、『光』属性に魔法適性を持つ者自体が希少であることから、この魔法具の解除がそれなりに厄介であることが容易に理解できた。


 いや……でも待てよ。


「君は見たところ聖職者だし、もしかして光属性の魔法が使えるんじゃないのか?」


 そんなふとした思いつきの質問だったが彼女の表情は一転。

 複雑そうな表情を浮かべ、気まずそうに目を伏せてしまった。


「それは……すみません。私の魔法では……ちょっと難しいと思います」


 彼女から返ってきたのはどうにも歯切れの悪い返事だった。


 俺は一瞬違和感を覚えたが、この魔導具にかけられた魔法は高位との話だし、若い彼女には荷が重いということだろう。


「じゃあ、例えば街の司教にお願いしてみるのは?」


「……それは」


 それについても何かを躊躇うように再び表情を曇らせる彼女。


「可能かもしれませんが、おそらく私が一緒にいると受け入れてもらえないかと思います」


 彼女の声にはどこか悲しげな響きがあった。

 そんな表情を見せられれば俺が鈍感でも気付く。


 どうやら何か訳ありみたいだな……。


 まあ誰にでも言いたくないことの一つや二つはあるものだ。

 俺とて出来れば出自のことについては触れてほしくないわけだし。


 初対面ということもあり、これ以上深入りするのは無粋な気がした。


「見たところ動きづらいということ以外は特に害はないようだし、解除の方法は改めて考えるとして。今日のところは一旦俺の家に帰ろう。少し歩くことになるけど、案内するよ」


「いえいえ、助けていただいた上にお家に泊めていただくなんて! さすがにこれ以上のご迷惑はかけられません!」


 そう言って申し訳ないとばかりに両手を振る彼女。


「でも、この手枷のせいで俺と君は離れられないと思うんだけど」


「……あ、そうでした」


 今気づいたとばかりに、恥ずかしそうに口を両手で覆う彼女。


「それにその感じだと夕飯も食べてないんだろう? ちょうど作り置きがあるからそれを温めよう」


「ですが……」


 そう言い終わらないうちに、まるで俺の言葉に呼応したかのように「ぐぅ~」と可愛らしい音を響かせて彼女のお腹が鳴る。


「あ、いや……これは違うんです」


 ハッと顔を赤らめて悔しそうにお腹を押さえる彼女。


「ははは、これで決まりだな」


「…………」


「さあ行こう」


「……ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」


 彼女は観念したのか恥ずかしそうにコクリと頷く。


「そんなに気を遣わなくてもいいから」


「そうはいきません。貴方様の実力、拝見させていただきました。無詠唱での魔法発動など一介の魔導士にできる芸当ではございません。名のある魔導士様とお見受けしますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「いやいや俺は魔導学園にも通ったことのないただの平民だよ」


「平民でございますか?」


 少女は納得がいっていない様子で小首を傾げる。


 平民……。

 俺はレヴィストロース家を追放されたのだ。

 既に貴族ではない。

 むしろあんな家の名前を騙るのであれば俺は平民で一向に構わない。


「ああ。俺の名前はジルベール。この山で一人で暮らしている」


 山で……と復唱し、ポカンとする彼女。


 ああ、そりゃそうだよな。

 こんな位の高そうな聖職者様に山で暮らしているなんて言ったら、そりゃ引かれるよな……と俺は自嘲気味に笑ったが、そんな俺の心とは裏腹に、彼女は一切の悪意なく、微笑んだ。


「山で暮らすの、昔から憧れていました」


「えっ?」


「――私はレリア・シルメリアと申します。貴方様にお会いできたことを嬉しく思います」




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