§003 聖女様
私、レリア・シルメリアは必死に森の中を走り抜けていた。
息も絶え絶えになりながら、追いすがる男達をどうにか引き離そうと……。
それは突然のことだった。
私は街への道中、突如、黒いローブを身に纏った集団に襲われたのだ。
私は咄嗟の判断で森の中へと逃げ込んだ。
この判断が功を奏し、何とかここまで逃げてこられたが、そろそろ身体が限界のようだ。
心臓は早鐘のように鳴り響き、身体は鉄のように重くなっていた。
元々走り回るのには不向きな修道服。
地面につきそうなスカートをたくし上げるように走っているが、これも私の体力を奪う要因になっていた。
ああ、もうダメだ……走れない……。
そう思った瞬間、足がもつれてその場に転んでしまった。
「いっ……痛い……」
所々擦り切れてしまっている修道服に血紅色が滲む。
同時に雫がぽろぽろと頬を伝う。
「ぐへへ、やっと追いついたぜ」
「本当に逃げ足の速い女だな」
男達の足音が近付く。
どうにか抵抗しようと立ち上がろうとしたが、私の足にはもう力は残されていなかった。
背後には人の気配。
意を決して向き直ると、そこには既に男達の姿があった。
相手は……三人。
身なりを見る限りだと三人とも魔導士だ。
しかし、私には魔導士に追われる心当たりが全くなかった。
なぜ自分が追われているのか……自分がこの後どうなるのか……。
そんなことを考えたら、また自然と涙が溢れてきた。
「おうおう、そんなに怖がるなよ。聖女様は貴重な人材だからな。悪いようにはしないさ。俺は上からの命令でお前を攫いにきただけだしな」
一番恰幅のいい男がグフフと下卑た笑いを浮かべながら口を開く。
剃り上げられたスキンヘッドに筋骨隆々の体躯。
丸太のような腕には魔法陣のような刺青。
魔導士というよりは魔法戦士に近い印象だ。
おそらくは彼がリーダーだろう。
この男の纏っている魔力量は取り巻きの二人のものを遥かに凌駕しているように感じた。
それにこの男は私のことを『聖女様』って呼んでいた。
ということは、私のことを知っていてここまで追ってきたんだ……。
「ビルゴさん、せっかくですしオレらでちょっとぐらい遊んでも構わないですよね? こんな上玉は中々お目にかかれませんよ」
細身の男は私の身体を嘗め回すように見つめる。
「あ? バカかお前は。聖女様を傷物にしてみろ。それこそあのお方に殺されちまうぞ」
ただ……と言ってビルゴと呼ばれた男は私に視線を戻す。
「確かにここまでの上玉をただ引き渡すのはもったいないよな。バレない程度に味見するくらいなら構わないだろ」
「「さすがビルゴさん!!」」
取り巻きの男達は口を揃えて歓喜の声を上げる。
私だって馬鹿ではない。
この状況まで来たらこの後自分が何をされるのか嫌でも理解してしまった。
ガクガクと震えが止まらなくなる。
「だが、それはそれとして逃げられるのだけは絶対に御法度だからな。本当は売っぱらって金に換えようとも思っていたんだが、これを使わせてもらうかな」
ビルゴはそう言うとローブの裏から黒い魔力を放つ拘束具のようなものを取り出した。
「ひっ!」
私はその魔導具の禍々しさに、思わず悲鳴を上げる。
「おお、さすがは聖女様。この魔導具の価値がわかるんだな。これは『常闇の手枷』と言ってな、対象者を拘束する魔導具だ。上級の闇魔法によって造られていてその辺のボンクラ魔導士じゃ外せない。普通じゃ手に入らない代物なんだが、今回はこの任務を受けるに当たって特別に支給されたってわけよ」
男はそう言うと高笑いのような声を上げる。
「どうだ? お前はもう逃げられねーんだよ。わかったら大人しくオレらについて来いよ」
このときには恐怖で身体は動かず、声も出せなくなっていた。
「んじゃ早速使ってみますか」
男は魔導具を胸元に構える。私は反射的に目を瞑る。
(主よ……)
「――常闇の手枷――発動っっっ!」
(主よ……どうかお助けください)
「うおおおらぁぁぁああ!!!!」
突如、後方からけたたましいほどの叫び声が木霊し、それと同時に耳に「ゴフッ」という鈍い音が残った。
私は思わず瞑っていた目を開ける。
次の瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、大きくのけ反って尻もちをつく男と、私を守るように両手を広げて立つ青年の姿だった。
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