第33話 壊れた世界の半間くん。
カプセル室に戻ると、コンピュータに向き合う葵と交代する。
「それじゃあ、あたしもカプセルに入って夢の世界の人を救ってきますね!」
そう言い残し小悪魔な後輩はカプセルに閉じこもった。
「なら私も。地球へ向かうのは三日後ね」
そう言ってカプセルに入っていく。
地球に行けるのは、俺ともう一人。それがコード192。
「やっぱりここにいた。心配したんだからね」
「仄日さん!」
俺は驚きのあまり、喜びを隠せない。
「どうしていたのですか?」
「警察の事情聴取よ。それでここまでかかったの。保博士は?」
俺は顔を落とし、言葉を選ぶ。
が――直喩的な発言しか思いつかない。
「ギリトーゼに……」
絞って出てきた答えがそれだった。
「……そう。分かったわ。ここはワタシが引き受けるから、少し休みなさい」
「ありがとうございます」
俺はそう言い残し、隣の部屋にある茶室でココアを飲む。
そして畳の上にごろんと寝転ぶ。
保は死んだ。
そのショックが大きく、俺はめまいを感じていた。
なぜ?
その問いに答えられる者はいない。
どれほど時間が経ったのか。
俺は目を開け、目の前にいる仄日を見やる。
「全員無事に解放したわ。ありがとう。あなたたちのお陰よ」
仄日は手を差し伸べてくる。
寝っ転がっていた俺はその手を取り、立ち上がる。
「いや、少し休みすぎた。そろそろ地球へ降りる準備をしなければ……」
「大丈夫。その手配は保博士が終わらせているから」
そうか。もう終わっているのか。
最後に浮かんだ保の笑顔がまぶたに焼き付いている。
「あなたたちが目覚めてからの彼は優しい表情を見せるようになっていたわ。きっと半間くんを子供のように想っていたのかもしれないわね」
仄日が優しく手を包み込んでくる。
「だから、お願い。地球を取り戻して?」
「……分かりました。俺たちが地球を、青い星にしてみせます」
保に任された以上、俺が辞退するのはあり得ない。だが、もう一人は?
理彩、玲奈、葵。
誰を連れていくべきなのか……。
「そうだ。カプセル室に来て。渡したいものがあるの」
仄日がそう言い、俺を茶室から連れ出す。
カプセル室には理彩、玲奈、葵が待っていた。
「おっそい!」と理彩。
「待ちましたよ」
「分かっているわ。働き詰めだったものね」
それぞれに声をかけてくるが、陰りが消えたわけではない。
知っている人の死。それを経験したのはショック以外の何者でもない。
「地球へ行く前に、ここでサバイバルの知識を身につけていきなさいな」
「え。渡したいもの、ってそれ……?」
俺はてっきり物だと思っていたが、そうではないらしい。
「ふふ。大丈夫よ。知識は今までと同じような形で送るから」
「いや、頭痛がするからあんまり好きじゃないんですが」
「いいからそこに寝る」
仄日は近くにあるカプセルを指さす。
アクア01。
カプセルの名前だ。
もう空になったカプセルが並ぶだけの部屋になってしまった。
俺はそこに寝そべり、ゆっくりとまぶたを閉じる。
ザザッ。
ノイズが走る。
頭痛がする。
頭の中に知識をいれる時の痛みだ。
宇宙船の操縦法。サバイバルナイフの使い方。雨水をためておく知識。病気になったときのメディカルキットの使い方。他にも火の付け方や、テラフォーミングのやり方といった知識が流れてこんでくる。
地球だ。
枯れ果てた地表丸出しの赤茶けた大地が目の前に広がっている。
そこで俺は植林を開始していた。
これからの未来を見据えての映像だ。
近くにある宇宙船兼住居に帰ると数種の植物の種と動物の卵をふ化させている。
これらが野生に帰るのはいつの日になることやら。
隣の人工授精機では、保存されていたブタ、牛、鶏の他に野生動物のものもある。
――帰ってきた。
なぜか、その想いが強くでた。
この大地で隣にいて欲しい人。
今まで心のよりどころにしていた人。
それははじめから決まっていた。
赤茶けた大地にジャガイモやにんじん、小麦、コメといった種を植えていく。発芽まで時間がかかるが、保存食を失えば、あとは自給自足の生活になる。
ザザッ。
ノイズが走る。
これが最後だ。
もうこのカプセル、夢の世界とはお別れだ。
目を開けると、そこには理彩、玲奈、葵が待っていた。
「「「さあ。誰を選ぶのかな?」」」
三人とも声を合わせて訊ねてくる。
「俺は……」
戸惑いと逡巡。
これを口にしていいのか?
もう二度と会えなくなる。その考えがよぎり、応えを鈍らせる。
そうだ。地球には帰れるが大気圏離脱能力のない宇宙船だ。
もう帰ることはできない。みんなと一緒にしゃべったり、遊んだりできなくなる。
娯楽も少ないだろう。
そう考えるとためらってしまう。
「さあ。誰を選ぶのかい?」
「私は準備万端よ」
「あたしも! です!」
口々にアピールをしてくる。
「わたしは、ずっと博人のことが好きだったの。だから一緒につれていって」
恥ずかしそうにはにかむ理彩。
「私、半間くんを満足させてあげるわよ。だから私と付き合いなさい」
毅然と言い放つ玲奈。
「半間先輩。あなたの人生をください」
素直にプロポーズする葵。
誰がいいのか。
俺は頭の中が真っ白になる。
ここまで来て、判断が鈍る。
でも心に決めたのだ。
今までずっとそばで見てきたのは――。
「理彩。俺はお前と一緒に地球に行きたい」
幼なじみだった。
彼女となら、良い人生を、楽しいひとときを味わえるに違いない。
そう想い、彼女の手をとる。
「結婚してくれ」
「……はい。よろしくお願いします」
以前、サーファーだった頃、理彩とは付き合っていた。そして別れてしまった。
でも過去から学ぶことはたくさんある。未来は確定していない。過去がそうだからと言って、未来も同じになるとは限らない。
ラプラスの悪魔は死んだ。
五分前の記憶を引き継ぎ、トロッコに乗った俺は一人を選んだ。
サイコ粒子の共鳴か。あるいはコピーした影響か。
スワンプマン、俺はコロニーにいる半間さんとは違う個体だ。
水槽の中の脳、彼らも俺たちの行く末を見守っていてくれるだろう。
「ありがとう!」
嬉しそうに目を細める理彩。
「そう。分かったわ。じゃあ、せいぜい貨物室にネズミを紛れ込ませないでね」
仄日はそう言うと、前へ出る。
「ついて来て。これから三日の間に宇宙船への荷物の運び入れと場所を教えるわ。操縦はもうできるわね?」
「あー。はい。カプセルの中でみました」
「ならいい」
仄日はどこか満足げな笑みを浮かべ、地球行きの宇宙港を案内する。
そこには大型の宇宙船が格納されており、夢の世界で見たようなキッチンやトイレ、ベッドなどが見受けられる。
そこに運び込まれている貨物。
「今運び入れているのは食料よ。こっちの生活が厳しいからあんまり量は送れないけど。それでも一年分あるから」
その前に植物か、家畜を育てる必要がある。
だが、家畜の餌も草だ。結局は植物を育てる必要がある、ということか。
「酸素濃度もどのくらい減っているのか分からないから、気をつけて」
そういってガスマスクと酸素検知装置を渡してくる。
「これで測定して地球を取り戻すのか……」
全身が震えてきた。武者震いという奴か。
俺は測定器の測り方と注意事項を学ぶと、実際にシミュレーションのために何度か試してみる。
センサーの換え方や、薬剤の使い方まで。あらゆる知識を夢の中で学んだせいか、楽々とこなせた。
「これでもう完璧ですね。二年後、地球に宇宙エレベーターを建設する予定です。それまで生き延びてください。地球をお願いします!」
深々と頭を下げる仄日。
「分かった」
俺たちはこのスペースコロニーにいる人々の思いを背負って旅立つのだ。
失敗は許されない。
そう自分に言い聞かせ、いよいよ宇宙船の出発日になった。
出発の前にコロニーの中をパレードが彩る。その道を、俺と理彩は歩く。
玲奈や葵にも来て欲しかったが、見かけなかった。どうしているのだろうか?
疑問に思いながらも、俺たちは宇宙船へ向かう。
宇宙船の周りにもパレードの飾りが施されており、コロニーのみんなの意思を感じ取れる。
宇宙船に乗り込むとアクセルをふかし、スペースコロニーから出る。そこに広がるのは透明な宇宙。太陽の光と、赤茶けた大地をさらす地球。その周りを回っている月がバックに見える。月の
「いて」
「ん? なんか言ったか? 理彩」
「いや。わたしはなにも」
貨物室から聞こえてきた声。
耳なじみのある声。
「まさか……!」
ネズミが入ったのだ。
それも二匹も。
「玲奈、葵……!」
貨物室を見て回ると、そこには宇宙服を着た二人を見つける。
「へへ。見つかっちゃた」「ふふ。私はお役に立ちますよ」
と反省の色を見せていない二人。
「はぁ~。分かった。二人ともこい」
今から引き返すのは燃料的に厳しい。このまま地球で暮らすしかない。
しかし、こんなに愛されていいのか?
地球という壊れた世界をみながら、半間くんは独りごちる。
「愛されているんだな」
と。
壊れた世界の半間くん。 夕日ゆうや @PT03wing
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