第28話

「もう直ぐ、暗くなってしまう時間なのに……。」


「メイアに心当たりはないのか?」


 メイアは首を振って答えた。この状況で心当たりがあれば、すぐに駆けつけているだろうから聞くまでもないことかもしれない。

 ドワイトとミコットは見落としがないか、家の中を再び探してくれていたが、見つかってはいない。


 暁斗は冷静になって、考えをまとめることができていない。落ち着こうとすればするほど、心が乱れていくような気がしている。


「……どうでしたか?」


 戻ってきたドワイトとミコットの表情は暗かった。暁斗たちと一緒に出かけたと思い込んでしまったことを、ミコットは悔やんでいる様子だった。


「アーシェが、いつもと違うことを話していたとか覚えていませんか?……俺も、アーシェが本を読みたいだけだと思い込んでいたんですけど、留守番したいなんて変だったんだ。」


 少し外にいるだけで、ひょっこり戻ってきたアーシェに、メイアが『心配させないでよ!』と怒っている場面が数分後に訪れるかもしれない。


 ただ、そんな時間が訪れてくれない予感が暁斗にはあった。


「もしかして、土の精霊石かも……。昨日の夜、土の精霊石について、アーシェが聞いてきたんです。」


「土の精霊石?……どこで手に入るんだ!?」


「ほとんどの精霊石は国が保管していて、必要な石を渡されるんです。……普通に買ったりとかは出来ないものなので、今度もらってくる約束をしました。」


「メイアがもらってくるだけなら、関係ないよな……。」


 売っていない物を買いに行く必要はない。

 おそらく、普段と違う会話の中でメイアが思い出せた話だったのかもしれないが、無関係だと思われた。


「……それかもしれない。……今朝、私も聞かれたわ。」


 ミコットが慌てた様子で話始めた。


「土の精霊石についてですか?」


「ええ、半年ほど前に川が氾濫した時、大きく土を盛ってせき止めたことがあるの。……その時に、土の精霊石も使っているはずで、みんなも混乱してたから一つくらい落ちてるかもって、話をしてたの。」


「きっと、そこだ。」


 メイアとミコット、二人に同じことを聞いているのであれば、間違いないことだと確信できる。

 それも、滅多に出てくる単語ではない『土の精霊石』である。


「……何処なんですか、そこは?」


「場所は私が分かります。案内しますので、一緒に参りましょう。」


「私は?」


「メイアは待っていてくれ。アキト殿と私だけの方が、おそらくは早い。……大丈夫だ。」


 現状で、単純な強さであれば暁斗はドワイトよりも上。ドワイトも衰えがあるとはいえ、騎士団長まで務めた男である。

 瞬間的な判断であったが、メイアは足手纏いになる可能性が高く、この二人が揃っている状況で『待つ』という選択は間違いなかったはずなのだ。



 暁斗は自分の刀を持ち、ドワイトも剣を手にしていた。


「近道を選びたいところですが、アーシェが戻ってきた時にすれ違ってしまうかもしれません。……通常のルートを出来る限り早く進みます。」


「分かりました。」


 最早ドワイトが暁斗に気を使う必要はなかった。ドワイトが全力で走ったところで、暁斗は余裕をもって追走するだけの力がある。


 いつも鍛錬に使っている場所とは違う方向に走っていた。

 場所さえ分かっていれば暁斗一人の方が早いことは確実だったが、気持ちを抑えてついて行くしかない。


「ここを、真っ直ぐに行けば……、目的の場所になります。」


 ドワイトは、苦しそうに走りながら言った。


――あとは、このまま真っ直ぐか……。


 そう思った瞬間、暁斗に寒気を感じた。

 と同時に、頭の中で『ダメ』と叫ぶ声が聞こえてくる。


――ダメだ!


 暁斗も心の中で叫び、ドワイトを置き去りにして全力で走り出した。それは、ドワイトが驚愕するほどのスピードだった。


「アキト殿!?」


 呼ぶ声は聞こえていたが、構わずに走り続ける。真っ直ぐと教えられた先には、暁斗に寒気を感じさせた正体がいる。


 寒気は恐怖であり、本能が近付かないように信号を送ってくれている。本能が訴えかけているのであれば、それは命の危機になり得る。


――今度は、必ず助けてみせる!……アーシェ、待ってろ!


 恐怖に囚われてしまえば動けなくなってしまう。

 恐怖に追いつかれないように走った先に、土の壁を背にして怯えているアーシェを見つけた。


「アーシェ!!」


 叫び声を聞いたアーシェは、泣き出しそうな顔を暁斗に向けた。だが、まだ安心出来る状況ではないことも分かっている。


 暁斗は鞘から刀を抜いて構えて、アーシェの前に立った。

 少し離れた場所には大きな獣がいる。アーシェは、その獣から逃げている最中だった。


 見た目は、かなり大きなライオンといった感じだが、銀色の鬣で神々しさすらある獣。

 その体はやせ細っているのだが、圧倒的な存在感である。まだ距離があるにも関わらず、暁斗の精神力は削られていた。


「……これが魔獣?……聞いてた話と全然違うじゃないか。」


 一対一であれば、今の暁斗でも十分に勝てる。そう評されていたが、目の前の獣は一体でも全く勝てる感じがしなかった。

 戦う以前の問題で、魔獣が発している気だけで倒れてしまいそうになる。


『邪魔をする気か?忌まわしき血の器、残して去るわけにはいかぬのだ。邪魔をするのならば、お前も消し去ることになる。』


 低く堂々とした声が頭に響く。

 暁斗が加わったところで、自分が優勢であることの自信が全く揺らいでいない悠然とした態度だった。


「嘘だろ?……魔獣って言葉を話すのか?」


 そんな情報は聞いたことがなかった。

 言葉が通じる相手ならば交渉は可能なのかもしれない。そんな淡い期待にすら縋りつきたくなってしまうほど、暁斗は目の前の獣に勝てるイメージが持てないでいた。


「……見逃して……、もらえないか?」


 暁斗は声を絞り出したが、獣からの返答はない。答えがないまま、魔獣は少し高い位置から二人を見下ろしている。


 このまま距離を詰められてしまえば、暁斗の背後にいるアーシェに危険が及んでしまう。刀を持つてが振るえそうになるのを必死に抑えて、両手に力を込めた。


――あいつを近付けたらダメだ。


 覚悟を決めて、全速力の移動攻撃。チャンスがあるとすれば、そこにしかないように思えていた。

 すると追いついてきたドワイトが、この光景を目にする。


「……あれは何だ?」


「えっ?……魔獣じゃないんですか?」


 まだ魔獣との対面を済ませていなかった暁斗に判断することは出来なかった。それでも、ドワイトが初めて目にする存在であることは更なる恐怖を生む。


「……あんな魔獣は見たことがありません。……いや、魔獣なのかも分からない。」


 考えている時間はなかった。目の前の獣が魔獣なのか、魔獣でないのかは大した問題にならない。アーシェを狙っていることが問題になるのだ。


 ドワイトも得体の知れない獣から発せられる圧力に押されている。過去に何度も魔獣と対峙しているドワイトが感じたことのない圧力に怯えていた。


「……ドワイトさん、俺がアイツを止めます。……その間に、アーシェと逃げてくれませんか?」


「いや、アキト殿がアーシェを連れて逃げてください。……アレは普通ではありません。」


「すいません、今のドワイトさんではアイツを止めるのは無理です。お願いです、従ってくれませんか。……お願いします。」


 ドワイトは、暁斗との鍛錬で体力のほとんどを使っていた。そして、ここまで走り続けて戦う力は残っていない。

 そのことは誰よりもドワイトが分かっている。分かってはいるが、暁斗が戦ったとしても勝ち目がないことも感じ取っていた。


「アーシェを生かして、メイアのもとに帰したいんです。……そのために俺が出来ることをさせてください。」


「……分かりました。」


 アーシェを生かすための最善の方法。それ以外には選択肢がない。暁斗の覚悟をドワイトは感じ取っていた。


 目の前にいる獣を前にアーシェを助け出すには、二人が命を懸けても難しいことは分かっている。

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異世界ダメ勇者の英雄譚は接待まみれ ふみ @ZC33S

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