ⅤーⅧ
「ミリィ!」
「モノ!」
穴に消えた二人を呼びながら、全員が穴の縁に駆け寄った。
「無事か!?」
ヴァルデマーが穴の中に燭台を差し入れたが、光は暗闇の底までは届かない。
「は、はあい。何とかぁ……」
ややあって聞こえてきた情けない声に、ヨシノは大きく息を吐き出した。
ルドルフはなおも地下に向かってモノの名前を呼ぶが、返事がない。
「ミリィ。モノはどうした? モノ! 返事をしろ!」
「は、はい……、ルドルフ」
やっと小さな声が返ってきたと思うと、続けて咳き込む音が聞こえた。ルドルフは内心で胸を撫で下ろす。
「二人とも怪我はないか? 待っていろ。すぐに下に行く通路を探す」
「怪我はありません。大丈夫です。こっちでも上に行く階段を探してみます」
「えぇっ!」
声を上げたのはミリィだった。
この気味の悪い砦の、それも地下を探索するなんてとの思いから
「ミリィさん」
モノが暗闇の中でミリィの方を向いたのがわかったが、ウィングローグの視力をもってしてもその表情までは確かめられなかった。
「ち、ち、違うんです! そ、そういう意味じゃなくて、その、暗いし何があるかわからないし……あ、そうじゃなくて、あの、ごめんなさい! アタシのせいで落っこちちゃったのに……!」
「飛べますか? ミリィさんはすぐに上に戻ってください」
「え……?」
ウィングローグは翼を持つが、それは決して
つまり、モノはミリィ一人で上に戻れと言っているのだ。
ミリィは自分たちが落ちてきた穴を見上げた。
ヴァルデマーが持つ燭台の
他の種族であれば判別できないであろうが、夜目が利くミリィにはこちらをのぞきこむ皆の表情まで見ることができた。
心配そうなアルラーシュの顔。
その横に厳しい表情のヨシノが見えたが、ミリィはこの短い逃避行の間で、この騎士は厳しくはあるが決して理不尽な人ではないことを知っていた。
あの怖い薄ぼんやりとした影はいないようだ。あのままどこかに行ってしまったのだろうか。
ミリィはただのメイドで戦うことなど出来はしないので、
そのくらいはミリィも理解している。自分は足手まといだ。
ミリィはリウェンがモノに魔法を禁じたことを知らなかった。
(モノさんを置いて、一人で上に戻っても誰もアタシを責めたりしない。だってアタシが残ったって何にもならないし。それに、上でみんなといる方が安全だよね。そりゃあ、モノさんだってすごい魔法が使えるんだろうけど、向こうの方が人数も多いし)
ミリィはもう一度、闇を透かしてモノの方を見ようとしたが、やはりこの暗闇の中では彼女の小さな輪郭くらいしかわからなかった。
(たぶんモノさんは一人でも大丈夫。でも……)
もし、ここに、あの気味の悪い影がやって来たら?
もし、ここに、あの気味の悪い影がやって来ても、きっと自分ならすぐに気付く。
でも、モノは暗闇の中で近付いてくるそれに気が付くことができるだろうか。
相手の存在に気付いた時には手遅れだったら?
想像しただけで、ミリィの裸足の足の裏から首まで一気に悪寒が駆け上がった。
今すぐに飛び上がってヨシノ達のそばに行きたい。
(アタシは巻き込まれただけだもん。何も悪くない。アタシは――)
羽根を広げようとして、ミリィは穴に落ちる寸前に、それがモノの顔をはたいた感触を思い出した。
(――違う。モノさんが
それに気付いた時、ミリィの口は自然と動いていた。
「あ、あの、アタシ、モノさんと一緒にいます」
左手は無意識のうちに服の上からポケットの中の果物ナイフを押さえていた。
それはミリィが故郷を出る時に兄弟達がくれたものだった。家にあった道具の中で一番使いやすかった果物ナイフだ。家業を手伝う時、少しでも良い道具を使うと楽だからという理由で、早い者勝ちでいつも取り合いになっていたナイフだ。それを兄弟達から譲られて、ミリィはぽろぽろと涙を溢して泣きながら村を出た。
頑張ろう。どんなに辛いことがあってもへこたれないから。
そう兄弟達に誓いながら王都へと向かう馬車に乗ったのだ。
「こ、ここに落ちちゃったの、アタシのせいだから。だからモノさんと一緒にいます」
ミリィの言葉を聞いて、ルドルフとヨシノは顔を見合わせた。
「本当に大丈夫か、ミリィ」
ヨシノが言う。
「は、はい、ヨシノ様。で、でもなるべく早く来てくださいね!」
ミリィのその言葉を聞いて、ヨシノとルドルフは穴の縁から離れた。
下に降りる階段を探すとなると、玄関の広間まで戻る必要があるだろう。ぐずぐずしてはいられない。
しかし、通路を戻るために返しかけた足をヴァルデマーの声が止めた。
「鏡がなくなっとる」
全員がその場で振り返る。
先程まであったはずの姿見が、まるで幻であったかのように影も形もなくなっていた。
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