Ⅴ-Ⅵ
「見えたぞ。あれが砦だ」
ミリィの前を歩いていたヨシノが立ち止まり、木々の向こう、夕闇に溶けるように佇む巨大な影を指し示した。
ラドガの店主の話からは砦の規模はわからなかったが、中の様子を全く知らない少人数で夜に探索することを考えれば大き過ぎると言っても良い。
ミリィは立ち止まり、その位置から注意深く建物を観察した。
少しでも動くものがあれば見落とさないように。
こういう時、臆病な自分が夜目の利くウィングローグで良かったと思う。
「建物の外には何もいないみたいです」
ミリィの報告にヨシノが頷く。
「入り口は見えるか?」
「はい。ここから向かって右手に大きな扉があります」
「ラドガで聞いた罪人を閉じ込めるための塔はわかるか?」
すでに日没は終わりかけ、辺りの闇はどんどん濃さを増している。ヨシノをはじめ、ミリィ以外の者には建物の輪郭を掴むことすら困難になりつつあった。
「ええっと……、向かって左奥だけ建物の角がなくて、大きな煙突みたいになってます。そこ以外はちゃんと角になってるのに」
「ありがとう。ミリィがいてくれて助かったな」
ヨシノがそう言って、ミリィの肩に軽く手を置いた。そこはヨシノの手が離れた後も何だかぽかぽかと温かかく感じられて、ミリィの恐怖は少しだけやわらいだ。
入り口の扉は重厚な木製の扉だったが、ヨシノが押すと盛大に軋みながらも問題なく開いた。
ヴァルデマーが折りたたみ式の燭台を出し、二本の鉄輪の中にある蝋燭に火を灯す。その燭台はどう傾けても蝋燭が常に垂直に立つという便利なもので、ドワーフの発明品なのだそうだ。
ぼうっと皆の中心が明るくなったが、周囲の闇を全て払うには不十分だ。ヴァルデマーが燭台を掲げてあちこちと動かして、ようやっと一行が入ったところが広いホールになっていることがわかった。
扉はどうやら砦の玄関だったらしい。
入ってすぐに大きな広間となっており、正面の中央には二階の回廊に繋がる広い階段がある。広間から一階の左右に廊下が伸びているようだが、その奥は闇だ。ヴァルデマーが動かす灯りが、壁に彫られたドラゴンの像を撫でて浮かび上がらせ、それを見たミリィは小さく息を飲んだ。
「どっちから行く?」
ヴァルデマーが広間の左右を見比べるように視線を動かしながら言う。
「二手に分かれりゃ効率がいいが、何があるかわからん」
「行方不明になっていた者達がいたという塔に行ってみるのが先だろう」
「ふむ、ならば左かのう」
ヴァルデマーが灯りを持って歩き出し、それにヨシノとアルラーシュ、ミリィ、モノ、ルドルフの順に続く。
真っ暗な廊下は埃だけでなく、放置されていた長い時間の間に、砂や土、よくわからない細かい瓦礫が積もってしまっていて歩きにくい。右側には部屋がいくつもあったが、どれも淀んだ闇をたたえており、生き物の気配はない。
「これはもう廃墟だな」
ヨシノがそう感想を言った。
確かに誰かが生活をしていた雰囲気は欠片も感じ取ることができなかった。
びくびくしつつ、ミリィは周囲を伺っている。
自分がこの中で一番夜目が利くという自覚もあったが、自身の臆病さが一番の理由である。何か異変があればすぐに気付いて逃げ出すことができるようにという小動物じみた本能だ。これはミリィという個体だけでなく、そもそもウィングローグという種族全体の傾向として闘争に向いていないのである。
右手にある小部屋の一つの前を通り過ぎる時、ミリィは部屋の中央あたりに、ゆらりと動くものを見た。瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立つ。
「ひぁっ!」
悲鳴と同時にミリィはとっさにモノに抱きついていた。
あっとモノが小さく声を上げてミリィに抱きつかれたまま後ろによろめき、モノの後ろを歩いていたルドルフが二人を受け止める。
「どうした?」
「あ、あそこ! 部屋の中に何かいますぅぅ!」
ルドルフはミリィの指差す先に視線を向けたが、真っ暗な小部屋が口を開けているだけである。ヴァルデマーが少し引き返してきて、灯りを小部屋の中へ向けた。
「鏡じゃな」
「へ? か、鏡? ですか?」
見ると確かにその言葉どおり、小さな部屋の真ん中に細長い楕円形の姿見が立っていた。
「な、なんだあ。鏡ですかあ。脅かさないでくださいよぉ」
胸を撫で下ろしながらも、ミリィは違和感を覚えていた。
――さっきはもっと人影のように見えたような気がしたんだけどなあ。
しかし、おっちょこちょいで怖がりな自分が見たものを、ミリィ自身も信じていなかった。というより、自分なんかが主張したところで受け入れてもらえるとも思えなかった。事実、今目の前にある鏡は曇っていて、明かりを向けられている今でも、ほとんど何も映していないのだ。
――気の
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