Ⅴ-Ⅴ
ああもう何でこんなことになっちゃったんだろう。
ミリィは何度目になるかわからないボヤきを心の中で繰り返していた。
街道の分かれ道で、皆と別れて一人南へと向かうリュカの後ろ姿を思い出し、やっぱり泣いてごねてでも彼について行けば良かったと思う。エルフは他種族には冷淡な種族だと聞くけれど、エルフのリュカが一緒にいれば突然襲いかかられたりはしないはずだ。
トリベ街道に入ってすぐは明るい雰囲気だった道も、しばらく歩くうちにすぐに道の両側の木々が鬱蒼としてきて、細く頭上の木々の間に青空が見えるだけになった。湿った植物と土の匂いが濃くたちこめて、一言で言うなら陰気な道だ。
こんな場所なら何か良くないものが潜んでいてもおかしくない。そんな気分になってくる。
「あのお店の人が言ってたのって、アタシ達をからかうための作り話だったりしませんかねえ。だったら手間が省けて嬉しいな、なあんて」
そうであってほしいと願いつつ軽口を叩いたミリィに、前を歩くヨシノが答える。
「作り話だとしたら余計に面倒なことになるかもしれないな」
「え、なんでですか?」
「からかうための作り話ならいいが、そうでなければ夜に私達を砦に近寄らせないことが目的ということになる。わざわざ作り話をしてまで無人の砦に隠したいことなど、ろくなことではないだろう」
それでも魔物よりはマシだと思いますけど、という言葉をミリィはすんでのところで飲み込んだ。
ミリィは魔物を実際には見たことがない。
まだ小さな子供だった頃に、夜にいつまでも寝ないでいると魔物が来るぞと脅されたり、昔々にひいじいちゃんの叔父さんという人が夜道で出会ったそうなとか、そういう話を聞いたことがあるだけだ。
魔物というのは世の中が悪くなると増えるのだそうだ。
半年前から始まった一連の事件の犯人が魔物なら、世の中はそのころから悪くなっているんだろうか。
半年前のミリィは、お城が燃えて、今こうやって王子様や騎士様と一緒に行動するようになるなんて夢にも思っていなかった。
お城が燃えるなんて。王子様がお城にいられなくなるなんて。よく考えなくても大変なことだ。
やっぱり世の中は悪くなってるんだ。それならやっぱりどこかに魔物がいて、その仕業なのかもしれない。
風が吹いて、ミリィの気持ちに共鳴するかのように木々の枝がざわざわと鳴った。
嫌だなあ。
どうして?
アタシは何も悪いことしてないのに、どうしてこんなに怖い目にばかり遭わなきゃいけないんだろう。
気持ち悪い風の音に背中を撫でられ、羽根の付け根がゾクゾクして、ミリィはぎゅっと羽根を縮こまらせた。
「ミリィさん」
「ひゃ! は、はいぃ!」
不意に後ろから囁かれて、ミリィは危うく飛び上がりかけた。
「あ、ごめんなさい。驚かせて……」
「いいえ、いいえ! アタシの方こそすみません! 考え事してたからびっくりしちゃって」
ミリィは胸の前で両手を広げて左右に振った。
ミリィを呼んだのはモノだった。
モノは翠玉のはまった杖を斜めに持って、少し首をかしげるようにしてミリィの顔をのぞきこんでいる。
「考え事?」
「あ、アタシが考えることなんて大したことじゃないんで、気にしないでください〜」
ミリィがそう答えた時、モノの持つ杖の翠玉の表面が微かに揺らぐように光った。光ったようにミリィには見えた。
モノは揺らぎに反応するかのように、少しだけ翠玉の方へ顔を上げ、そしてすぐに戻した。
「…………」
ミリィはモノに対しては「不思議な女の子だなあ。友達になれるかな」くらいのことしか思っていなかったが、小柄な少女に不釣り合いな、妙に重厚な長い杖のことは少し不気味に感じていた。人の持ち物に対して失礼な感想であることはわかっていたので、もちろん口には出さない。
でも、そうだ、ファキーリアからの脱出劇の中で聞こえた謎の声。あれはモノが魔法を発動した後に、駆け出したモノの方から響いていたのではなかったか。
ミリィはそっとモノに気付かれないように杖の翠玉を上目遣いで見上げた。
さらに歩き続け、空が赤くなり木々が不気味な黒い影に見えるようになる頃、ヨシノが足を止めて街道から横の森を見た。
全員が彼女に倣い、薄暗い森の奥を見る。よく見ると生い茂る草の間に薄っすらと踏み固められた獣道のような道があった。
店主の話が本当なら、ラドガの住人達が行方不明者を探して三度は訪れているはずである。その時に自然についた道だろう。
「地図でも砦はこの奥になっているな」
ヨシノが言い、アルラーシュが「行こう」と足を踏み出した。
ミリィは自然と両手を握りしめて、ヨシノに続いて草むらへと踏み入れた。これは決して勇気があるのではなく、先頭にも最後尾にもなりたくなかったからだ。
ミリィの後ろにはモノ、その後ろにルドルフ、ヴァルデマーが続く。
ギャアギャアと鳴き声をたてて、よくわからない鳥が枝を揺らして飛び立った。
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