V-Ⅳ

「そいつは妙な話もあるもんだなあ。本当に正体が魔物かどうかはさておき、何にせよ迷惑なこっちゃな」

 ヴァルデマーが長い眉毛の下のどんぐりまなこをぐりぐりと動かしながら言った。


「妙な話なんてノンキなもんじゃないですよぅ! ああ怖かったあ! あの店主のおじさん、めちゃくちゃ怖い話し方するんですもん! 羽根の付け根がぞわぞわしちゃった」


 ミリィは自分で自分の肩を抱くようにして何度も擦っている。


「教えてもらって良かったあ。絶対に近付かないようにしましょうね! ね!」


「ミリィはこう言っとるが、放っておくのか? 道を使うのは人間だけじゃないぞい。そのうち被害が大きくなってくれば他の種族の者達も困るじゃろう」


 ラドガの町から街道へ向かう途中、一行は町から戻ったヨシノとミリィが仕入れた情報を整理するため、道から少し外れた場所で話し合っていた。


「その放棄された砦というのは?」


 ルドルフの問いに、ヨシノが開いた地図の一点を示す。


「戦前にここにあったという砦のことだ。我が国の防衛は基本的には北側重視だ。北側に大国が多いからな。元々砦があった場所は南と西の両方に睨みをきかせることができる位置ではあるのだが、地盤の関係で周囲に町を形成することが難しい。放棄された理由の一つとして、発展性に乏しかったという点もあるだろう」


「精霊石を王都ファキーリアに確保した以上、南のエルフの脅威は以前ほどではなくなったと見做されたってことですね。近年は王家と西のメクレンバーグとの関係は良好ですし、王子とコルネリア様が正式にご婚約なさればさらに関係は強固なものになりますし」


 当のエルフであるリュカが軽く言う。

 ヨシノは彼を嗜めるように軽く咳払いをして、アルラーシュへと向き直った。


「今の我々には時間がありません。一刻も早くエルフとの交渉を終わらせ、メクレンバーグへと向かう必要がございます。砦の話は多少気になりますが、当初の予定どおりフェルナ街道を南下し、エルフの森を目指すべきでしょう。エルフの森から西を目指す際にも街道を使わなければ、砦には近付かなくとも済みます」


「…………」


 アルラーシュはヨシノの言葉を聞きながら地図を見ていた。


 確かに時間はない。

 だが、息せき切って駆けつけ、正直に誠意を込めて陳情ちんじょうすればエルフの王が心を動かしてくれるなど、そんな甘い話はないということもアルラーシュは理解していた。相手は異種族だ。アルラーシュが人間の王族であるということが、相手にとってどういった価値を持つものか。そこを見誤るわけにはいかない。

 リウェンはエルフを説得せよと言った。過去を清算して和解しろと言ったのではない。

 それはアルラーシュ自身がリウェンに言ったことでもある。過去を見ず今を助けよと、アルラーシュはリウェンに言い、リウェンもそれを受け入れた。だが「過去のことはいい」と自分だけが言うのならば簡単なのだ。許しとは結局のところ個人の中にしかないものなのだから。その姿勢を周囲にも示すためには、そして受け入れて賛同してもらうにはどうすればよいのか。


――それこそが私が考えるべきことだと言いたいのか。リウェン。


 今までは周囲から扱いによってアルラーシュの価値は証明されていた。

 今は自分で証明しなければならない。今まで周囲から与えられていたものが偽物ではないということを、自分で証明しなければならないのだ。そうでなければ、今まで自分を慈しみ守ってくれた全てに、自分をここまで生かしてくれた全てに、何も報いることができないのではないか。


「ルドルフ」


 アルラーシュはルドルフを呼び、砦のあるはずの場所を指差した。


「ここに町を形成するのは難しいということだが、そうではなく短期的に拠点とするのならばどうだろう。王都との距離は離れていて、逆に南側のエルフの森との行き来は比較的便利だ。メクレンバーグとも近いが、間に険しい山がある分、少し距離を置ける。ここに拠点を置き、兵を集めることができれば……。エルフと手を結び、鉱山公とも連絡を取りつつ、背後を気にせず王都とポートランドに意識を集中できるのでは?」


「悪くないな。かつて境界を見張るための兵隊が置かれていたのなら、それなりの人数を収容できるはずだ。建物が古い上に、今は物資を運ぶ道が限られているから長期的な戦争には向かないだろうが、押さえておく価値はある。ただし危険はあるし、ヨシノの言う通り時間の問題もある。そろそろ敵の目がメクレンバーグの鉱山公に向く頃だ」


 ここ数日の捜索で王子を見つけることができなかった敵方が次に疑うのは、王子が庇護を求める可能性がある貴族ということになるだろう。

 のんびりしていては街道をメクレンバーグへと向かう敵に追いつかれてしまう。


「しかし、拠点は欲しい。誰と手を組むにせよ、今のままでは庇護を受けるという形になる。何とかしてという形に持ち込めれば理想だな。そのためには拠点が必要だ」


 ルドルフの言葉を聞いて、アルラーシュは頷いた。

 上手くいく保証はない。危険はある。しかし、多少の危険を冒さなければ何も成しえないどころか事態はますます悪くなる一方だろう。


「リュカ」


「はい、何でしょう。王子」


「今の話のとおりだ。時間がない。遣いを頼みたい。戦力を分けてしまうことにはなるがリュカが一番適任だ。……エルフの王のことは何と呼ぶのが良いだろうか」


 アルラーシュの問いかけに、リュカは得心したような笑みを浮かべた。


「たくさんの名をお持ちです。ですが、一番通りが良いのはスタニスラス王でしょうかね」


「よろしい。其方そなたは先にエルフの森に向かい、私が訪問することをスタニスラス王に報せておくように」


「御意のままに。それで、用件は何とお伝えしましょうか」


「アルラーシュ・アストレイヤ・ファキーリアスが正式に

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