Ⅴ-Ⅱ

 小鳥の鳴き声にミリィは空を見上げた。

 コボルトの村を出発したのはまだ薄暗いうちだったが、しばらく歩くうちに周囲はどんどん明るくなり、鮮やかな色を取り戻していった。

 追われる身でさえなければ、のどかな田舎道を歩くのにはうってつけの日になりそうだ。


「ね、ね」


 ミリィは歩調をゆるめ、一行の中でも後ろの方を静かに歩いていたモノの隣に並んだ。

 モノは黙ったまま藍色の瞳をミリィに向けた。そこには非難の色はなく、ただただ不思議そうに、話しかけてきたミリィを見返している。

 ミリィから見て、モノは自分とそう歳は変わらないように思えた。たぶん自分よりも年下だろうとも思っている。しかし彼女は王子の客人であるルドルフの連れだ。なのでミリィからすれば一定の敬意を払うべき相手ではあるのだが、この数日を一緒に過ごしたことで、ミリィは以前よりもモノに対して親しみを感じていた。


「モノさんって、魔法使いなんでしょ?」


 そう尋ねると、モノは「はい」と答えて軽くうなずく仕草を見せた。

 王都でのゴーレムも見ておらず、モノの正体も知らないミリィは至って軽い調子でさらに尋ねる。


「だったら、何かこう、楽に移動できちゃう魔法とかないの? こう、バビューンって」

「ばびゅーん?」

「駄目だよ、ミリィ」


 ミリィの発した擬音に目を丸くしたモノの疑問の声に、アルラーシュの言葉が被さった。


「王子様?」

「……私達がいきなり魔法で現れたら、エルフ達を驚かしてしまうかもしれない。敵だと思われては話し合いにならないだろう」

「ううん、そっか。いい考えだと思ったんですけど」


 苦しい言い訳だったが、ひとまずミリィは納得した様子である。


「ミリィ」と今度は前を歩くヨシノが呼びかけ、ミリィは「はあい」と返事をして彼女の方へと駆け寄る。

「ラドガの町にはお前と私だけで入る。買い物と町の様子を見るためだ。女二人ならそう警戒もされないだろう」

「ヨシノ様の騎士服はどうされます?」

「上着は目立つので脱ぐ。長剣もリュカに預けて行く」

「変装とかは? なさらないんですか?」

「しない」


 そんなやり取りをする彼女達の背中を見つめながら、アルラーシュはモノと並んで歩く。

「……王子、今のは」

「嘘ではないよ。不用意にエルフ達を警戒させたくないのは本当だ」


 昨晩、アルラーシュはヨシノと相談し、モノとルドルフを改めてリウェンと引き合わせた。

 これからのことを考えていくにあたって、彼女の持つ大きな力を無視することはできないだろうし、それをリウェンに伝えることで今後の策も練りやすくなるだろうからだ。


 リウェンはモノの額に浮かぶ紋章を見ても、表情を変えることなく、「私には魔法のことはよくわかりません。詳しいことはやはり魔法使いでなければわからないでしょう。王城に仕えていた魔法使い達の中に無事な者が残っていればよいのですが」と淡々と唇を動かした。

 それからリウェンはモノの目に視線を移した。

「……貴方の力をこちらの計画に折り込むには、あまりに不確定な要素が多過ぎます。しかし、貴方の目的が火の精霊石に近付くことならば、当面は目的の大部分が我々と一致する。我々としても貴方が敵側に確保されることは望ましくありません。ならば行動を共にした方が良い。方針としてはそういうことになります」

 リウェンがモノの同行を拒まなかったことにアルラーシュは少し安堵した。

 決してモノを戦いに巻き込みたいわけではないが、今の状況で魔法に秀でた者が近くにいてくれることは素直にありがたい。

 しかし、リウェンはさらに言葉を続けた。

「王子や貴方方の話を聞いて、疑問に思ったのですが、よろしいですか? モノさん」

「はい」

「精霊の力は反発する、故に互いにその気配のようなものが感知できると貴方は言いますが、それは “ 常に ” ?」

 リウェンの言葉にモノは少し考え込む様子を見せ、ややあって口を開いた。

「普段は意識をしませんから……常にあると言えばあるのですが。あって当たり前だから。呼吸みたいなものかも。普段は忘れているけれど、意識すればずっとしているのがわかるような、そういったものです」

「相手との距離や位置関係はどのくらい正確に把握できますか?」

「……それこそ東とか北とか、大雑把な方角くらいなら常に。でも、精霊は本来自分から移動するようなものではありませんし」

 北は土、東は風、南は火、西は水。そもそもこの世界は精霊によって大まかに色分けされている。そのことは子供でも知っていることであり、方角の見当をつけるだけなら感覚に依らずとも可能だ。

「力を抑えて隠す方法もないわけではありません。でも……」

 モノはそう言葉を続けた。

 彼女の言うとおり、だからこそ何らかの方法をもって大精霊の力を独占することが、その地の支配者にとって重要なのである。

「近付いたり、力が発動すれば、はっきりとわかります」

 王都の地下道にいた時も、精霊石の力が発動したことがモノにはわかった。

「なるほど。それは相手も同じだと思って間違いはないのでしょうね」

 リウェンの言葉を、モノは静かに首肯した。

「ではもう一つ。力の発動を感知できるのは、どの程度の規模からですか?」

「え……」

「少し魔法の心得のある普通の者が使う程度の小規模なものから、城壁を吹き飛ばすような大規模なものまで、全て感知できると考えてもよろしいですか? それとも距離も関係するのでしょうか?」

「それは……ごめんなさい。測って試したことがないので、正確にはわかりません。でも、経験的に、距離が離れていればいるほど感知しにくくなります。力の大きさも多分同じでしょう。離れれば離れるほど、大きな力でないと気付けないと思います」

「なるほど、なるほど。ありがとうございます」

 リウェンはもう十分と言うように何度かうなずき、アルラーシュの方に顔を向けた。


「殿下、精霊石の場所は今更探るべくもない。まず間違いなく王都あるいはスタンリー家の所領であるポートランドで、オスカー・スタンリーが所持しているからです。今は向こうがこちらを探す番なのです。モノさんの話からすると、彼女が大規模な魔法を使用すれば、こちらの位置が割れてしまう可能性が非常に高いということになりますね。もう少しこちらの準備が整うまで、殿下には隠密に事を運んでいただく必要があります。モノさんの持つ力はいずれ戦いの要となるかもしれない。しかし今は封印するべきです。彼女が敵の手に落ちることがないよう、同行はしてもらいましょう。ただし、たとえ小さなものであっても極力魔法を使わないこと。よろしいですね?」

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