土傀儡のあとしまつ

 うららかな陽光のもと、男は程良く温まった土の上に腰を下ろし、青く高い空を見上げた。白く輝く太陽はほぼ真上にあり、それを背に一羽のとびがゆうゆうと輪を描きながら昇っていく。

 装飾のない丸い灰色の兜の下で汗ばんだ額を乾かすように、爽やかな風が吹き、湿った有機的な土の匂いを男の鼻に運んだ。

 男が腰を下ろしている土は、服越しでも湿っているのがわかる。しかし、その表面だけはところどころ白く乾き始めていた。


 男は王都の中に一晩にして出現した、巨大な土塊つちくれの山の上に腰を下ろしているのだった。


 この土の山が、人に似た二足歩行の姿をとり、王都ファキーリアが誇る美しい街並みを蹂躙じゅうりんする様を、彼は眼前で見た。

 それと言うのも、彼はその辺りの警備を担当させられていたスタンリー家の私兵のリーダーであったからだ。

 彼らは近衛騎士の格好をした銀髪のエルフと黒髪の大男、それと何だかよくわからないまま乱入してきたコボルトを追い、路地で銀髪のエルフを追い詰めて戦闘になった。

 あのエルフの騎士に浴びせられた魔法剣の冷気のせいなのか、彼は次の日から性質たちの悪い風邪をひいた。

 しかし、主であるオスカー・スタンリーに直接命令された城の人間への聴取やら報告書の作成やらで休んでいる暇もなく、頭痛と悪寒と発熱と節々の痛みに耐えながら仕事をこなし、三日たってやっとそれらに目処めどがつき、やれやれ一日くらいは休めるかと思った矢先に言い付けられたのは、街中に鎮座する土の山の処理であった。


 彼の体調は幾分マシになってはいたものの万全とは言い切れず、本当であればこんな作業は部下と日雇いの人足にんそくに任せて、自分は寝ていたかった。

 だが、あの忌々しいエルフの技によって彼の小隊は全員何らかの被害を受けており、亡くなった者もいる。亡くなった者と親しかった部下の一人の消沈は相当なものだ。

 そんな部下達の手前、彼一人が休むわけにもいかなかったのである。


(まあ、これなら出てきても良かったかな)


 半乾きの土に手の平をつき、手遊びをする子供のように、白く乾いた土の表面に指で跡をつけながら、ぼんやりとそう思う。

 幸い天気も良く、少し動けば汗が吹き出るほどの陽気だ。

 こうやって休憩がてら日向ぼっこをしていると、体の奥に残っていた冷気の塊が溶けて緩んでいくような、どことなく懐かしいような気持ちになる。この方が風邪も早く治りそうだ。


「小隊長! ピッキオ小隊長!」


 聞き慣れた声が聞こえた方向を見ると、若い部下の一人がこちらに向かって土山を登ってくるところだった。この部下は比較的軽症であったため、今日の作業でも人足に指示を出したり、交通整理をしたりとよく動き回っている。


「あ、ここ暖かいですねえ! いいなあ!」


 全く他意のない調子で言うので、ピッキオは自分の隣を指し示してやった。

 部下は丸い目をくるくるとさせてから、やっと理解できたように顔をほころばせ、「失礼します!」とピッキオの横に同じように腰を下ろした。


「おお! ここからだとよく見えますねえ!」


 部下は野次馬のような歓声を上げた。

 二人の座る場所からは無残に破壊された通りが見下ろせる。

 その先の建物もほぼ一直線に瓦礫と化しており、ずっと先まで見通せる。瓦礫の向こうには石畳をひっくり返された広場と、さらに先には黒々とした大穴がある。

 それは、今はただの彼らの尻の下にある巨大な土の山と化した土傀儡ゴーレムが這い出てきた跡であった。

 瓦礫の間を動き回って働いているのは軍人ばかりではなく、街の住人と思しき姿もある。潰された家屋の下から少しでも残った財産を回収しようとしているのだろうか。


「あーあ、やだねぇ……」

「はっ、何でしょうか!」


 知らず知らず声に出ていたらしい。

 融通の利かない部下に「何でもない」と返事をして、ピッキオは再び遠くを眺めた。


「この土の山をどけるのに、どのくらいかかると思う?」


 土は手作業で台車に積まれ、大穴まで運ばれる。

 この大量の土砂をどうするかについては少し悩んだが、結局は元の穴に埋め直すことに決めた。土地が柔らかいままでは使えないので、そこから土を固めなければならない。

 まさかそこまでは自分の仕事にはならないだろうとピッキオは思っている。


「穴に運ぶだけでしたら、今日を入れて三日もあれば」


「こういう時こそ魔法使いどもを働かせりゃいいんだ。だいたい土傀儡ってのは魔法使いが使うもんだろ。あいつらが土塊を穴に戻しゃいいんだよ」


 部下の生真面目きまじめな返答を無視して、ピッキオは毒づく。

 そうして彼は、視界の下方にある広場の入り口に、近衛騎士の格好をした三人の人物の姿を認めた。

 ピッキオは口を閉じて遠目に三人を凝視する。

 その視線に気付いた部下も、首を伸ばすようにしてピッキオにならった。




 広場の入り口に立つ三人の近衛騎士のうち、一人は城内の図書館でソニアを殺害した灰色の騎士、ギュンターであった。

 彼ともう一人は同じくらい大柄で体格に恵まれているが年齢は違う。長い白髪に、同じく長い白い髭を蓄えた老騎士である。

 そして、その二人の間に立っている人物は小柄であった。


「あの晩、サフィールが戦っていた相手が操っていたらしい」


 蛇のような三白眼で土の山を見上げながら、ギュンターが言った。


「この近くでオスカー様の兵がリュカと交戦している。王子を逃したのはヨシノとリュカだろう。それとあの武術師範……ルドルフとか言ったか。城の者への聴取の結果、奴の連れは魔法使いと考えてまず間違いない風体だったらしい。しかし、たった一人の魔法使いで、これほどの量の土砂が操れるのか?」


 ギュンターの言葉に、小柄な騎士がフンと鼻を鳴らした。

 その騎士は、その夕日に照らされる海のような色の髪を、後ろで一本の三編みに編んでいる。凛々しい眉の下の目は髪と同じ色をして、強い光を宿し、小さな顔に対する大きさも相まって印象的であった。

 一見したところでは誰が見ても少年だと思うに違いないが、よく見ればその肩や腰、それと胸のあたりには女性的な曲線がある。


「お前がソニアを殺さなければ、王子殿下の居場所もすぐにわかっただろうな」


 その言葉にギュンターは眉間に皺を寄せて相手を睨んだが、すぐに皮肉っぽく唇を歪めた。


「俺はお前が陛下を、というより騎士団を裏切ったことの方が意外だったがな。シェラ。お前が騎士になれたのは、エデル騎士団長が身分も何も関係なくお前の力を買ってくれたからだろうに」


 途端にシェラと呼ばれた騎士はギュンターに向き直り、険しい表情で灰色の蛇のような男を真正面から睨みつけた。


「何を知ったふうなことを! お前に私の何がわかる。私はあの方を尊敬していたし憧れてもいた。貴族の身分を持たぬ私を認めてくださった、あの方を支えてこのファキール王国のために力を尽くすのだと誓った! だからこそ許せない! なぜ……」


 シェラはぎりっと拳を固める。


「なぜ、ファキールの為じゃないんだ! 私はこの国の騎士だ! 精霊石を用いてこの王国を、我らの先祖が命がけで世界から切り取ったこの人間の国を、盤石にすることを考えて、それで何がいけない!」


「シェラ、落ち着け。ギュンターもだ」


 静かな声が老騎士から発せられた。


さいはすでに投げられた。ここで我らが争っても意味はない。我らが祖国に沈まぬ太陽を。その盤石の礎となるために我らは立ったのだ。二人とも、努々そのことを忘れるな」




「あらら、なーんか揉めてませんかね、アレ」

 心なしか瞳を煌めかせながら部下が言う。

 その声もどこか楽しそうな様子を隠しきれていない。良い奴だが野次馬根性が良くないな、とピッキオは思う。


 ピッキオは近衛騎士の三人の名も知らない。

 そもそも彼はスタンリー家の私兵であり、近衛騎士とは仕える対象が違う。

 主であるスタンリー家の目的も聞かされてはおらず、ただ命令に従うのみの立場であるが、それでも薄々とは気付いている。

 自分の主は、王家に刃を向けたのだろう。

 それは畏れ多いことだと思う。しかし、自分はスタンリー家に仕える立場だ。主の命令に従うのが仕事だ。


 だが、騎士は違う。違うはずである。

 特に近衛騎士は騎士団の中から選りすぐられた者ばかりのはず。

 その彼らが、今こうして堂々と王都を練り歩いている理由は一つしかない。


「……俺達にゃ関係ないだろう。あんまりジロジロ見るな。目を付けられたら面倒だからな」


 君子危うきに何とやら。蜂にぶつからなければ刺されることもないはずである。

 ピッキオはそう自分に言い聞かせて、残りの休憩時間を何も考えず日向ぼっこに費やすことに決めたのだった。

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