Ⅲ-XVⅡ

 私兵達の相手をすると言うリュカを残し、土傀儡ゴーレムのいる方へと向かったルドルフをコボルトがしつこく追っていた。

 ルドルフがモノの行方を知っていると見て、その行方を白状するまで離れる気はないのだろう。コボルトは一度獲物と見定めた相手を簡単に諦めることはないという。


 暗く狭い路地の先でだいだい色の光が明滅し、轟音が響いている。

 この先で戦闘が行われていることだけは確実だ。

 もしその直中ただなかにモノがいたとして、果たして無事でいるものだろうか。


 路地を抜けた途端、戦闘で舞い上がったと思われる砂塵混じりの風が吹きつけてきた。瓦礫がれきや黒煙に遮られて、かすかな月の明かりは地面までは届かない。

 地が震え、不気味な異音と共に大量の土砂がいくつもの滝を作る。

 ルドルフの目の前で、半分瓦礫がれきの山と化した街にうずくまる巨大な土傀儡ゴーレムが立ち上がるところだった。


 その限りなく黒に近い巨大な影の中腹ちゅうふくに、小さな草色のローブが一瞬ひるがえったように見えた。湖のような藍色の瞳と目が合った気がしたが、この距離と暗さではありえない。


 自分を追ってきたコボルトが背後で足を止め、同じように目の前の巨人を見上げているのがわかった。


 熱で空気が膨張する。

 巨大な塊が大きく傾き、そこから放り出されるように落ちていく小さな人影が見えた。


 目の前が白く光ったと思った次の瞬間、世界が暗転する。

 直後に直立していられないほどの揺れに襲われたが、ルドルフは地面を蹴り、腕を伸ばした。


 草色のローブに包まれた小柄な影が落下する地点へ。


 ルドルフの肩に、後ろから跳んできたコボルトの足が掛かり、さらに跳躍する。


「モノ!」


 コボルトは落下途中の少女を捕まえ、抱きかかえて安全に着地した。


「カイ!」


「良かった! 無事だったんだな! お城も街も燃えてるし、怖そうな奴からモノと血の匂いがするし、すごく心配したんだぞ!」


 優しい手付きで地面に降ろされたモノは、カイに踏まれた肩についた土を無言のまま払っているルドルフを見る。

 しかし彼女がルドルフに向かって口を開く前に、上空から冷ややかな声が降ってきた。


「へえ、土傀儡を捨ててまで、そいつらを守るんだ」


 サフィールの攻撃から二人を庇うように、それまでモノが操っていた土傀儡が地面に倒れ伏し、火球を防ぐ壁となったのだ。


 モノは杖を握りなおして、少年サフィールを見上げた。

 サフィールが広げた両手に、再び光が集まる。


 光が放たれたと同時に、モノは杖の先端で地面を叩いた。


 薄い黄色の光が割れた石畳の間から放たれ、三人が立つ場所を覆う。

 その光に当たった火球は、当たった先から泡のように消滅した。


 サフィールの顔は隠されたままだったが、そのまとう雰囲気に初めて驚愕きょうがくの色が混じったようだった。


「守護者の天蓋てんがいだって!? 何で人間の小娘がそんな……」


 彼の言葉は、何かに気付いて徐々に小さくなった。彼は宙に浮いたまま、その視線をモノの額に浮かび上がる紋様にそそいでいた。


「そうか。お前、土の……」


 サフィールはそう呟いて、モノから距離を取るように高く浮かび上がった。彼はモノを見下ろして、あざけりの言葉を投げつけた。


「馬鹿な奴。そいつらを守らなければ、もう少し正体を隠せたんじゃない? 何でお前が火の精霊石を狙うのかは知らないけど、そうとわかれば捨ててもおけない。戦うからには勝たなきゃおもしろくないからね。それも本気で戦ってだよ。…………一旦退いてやるよ、エムロード。でも次はこうはいかない。次に会う時は、もっと血を流そう」

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