Ⅲ-XⅢ
「リュカ! リュカじゃない!」
人の流れを避けながら走っていたルドルフとリュカは、突然目の前に飛び出してきた
「おっと危ない! ……って、アリシアさん?」
飛び出してきた相手は、地味な茶色のスカートに白い前掛けをした若い町娘だった。貧しい身なりだ。ぎゅっと後ろにひっつめた赤茶色の髪はところどころほつれ、丸い顔は汗で濡れて光っている。
「リュカ! どうして? こんなとこで何してんの? 大変なんだよ!?」
彼女は
「大変なのはわかってますって。アリシアさんこそ早く安全な所に行かないと。お父さんは?」
「違う! リュカ、逃げて! ここにいちゃダメ!」
彼女はリュカに向かって必死の形相だ。
「アタシ聞いたの! あっちの方で、あ、
アリシアはそう言ってから、ハッとした顔をして、「ご、ごめん、アタシ……」と言い淀んだ。
“ 亜人 ” は人間側から見た異種族を指す
その
「俺を心配してくれて、ありがとうございます。でも、こう見えて俺は強いから大丈夫。それにほら」
リュカはルドルフを指差した。
「このとおり人間の同僚が一緒だし。彼も強いんです。だから大丈夫。アリシアさんこそ気を付けて避難してくださいね」
「う、うん……」
アリシアはルドルフの方をちらりと見たが、その瞳から不安の色は消えていなかった。同僚だと紹介されたルドルフの格好が騎士団のものではなかったからかもしれないし、あるいは見慣れぬ黒髪の男に対する本能的な拒否感からかもしれない。
さあ行って、とリュカに優しく背を押され、人の流れの中に戻されながら、彼女は首を曲げて振り返った。
「リュカ、リュカ……! あのね、アタシ……」
「アリシア!」
濁った太い声が彼女の名を呼び、太った中年の男が駆け寄ってきた。
「父ちゃん!」
「何やってんだ! おめえは!」
アリシアの父親は汗だくで、襟元をだらしなく開いた粗末な白いシャツは薄汚れ、張りもなく型崩れしている。
彼はアリシアの腕を乱暴に掴み、自分の方へと引き寄せた。「痛い! 離してよ!」とアリシアが悲鳴をあげた。彼はそんな娘の様子に苛立ち、その苛立ちをぶつけるようにリュカを睨んだ。
「この
「父ちゃん! やめてよ!」
「うるせえ! さっさと来い!」
父親はさらにアリシアの腕を強く引き、彼女は引きずられるようにリュカから遠ざかりながら、何度も何度も振り返った。
リュカはルドルフに向き直ると、軽く肩をすくめて「行きましょ」と口の端を上げて見せた。
「さっきの父親は下町で酒場をやってる人なんですけどね」
路地を走りながらリュカが言う。
「早くに奥さんを亡くされて、アリシアさんを男手一つで育てたんだそうですよ。娘に悪い虫がつかないか心配なんでしょうね」
「それとあの言葉は別問題だと思うがな」
「ルドルフ様、空気読めないって言われません? 俺はこの気まずさを何とかしようとですね……」
「お前の気まずさよりも、この火の回り方だ。この街にはお前の方が詳しい。どう思う」
「放火でしょうね」
あっさりとリュカは答えた。
「王都の
リュカの言う「余所者」には人間以外の種族も含まれているのだろう。ファキール王国自体がそもそも人間によって建てられた国であるから、王都ファキーリアを構成する人口は当然のように人間が最も多い。
今この折に、狙いすましたかのように亜人狩りが起こる。
「
そう考えたところで今すぐに打つ手はない。例えばスタンリーの私兵が一般人の服装で民衆に紛れ込んで異種族狩りを扇動していたとして、その者を探し出す時間も人手もない。
「ええ。でも今は何もできません。少しでも早くモノちゃんを見つけて王子の所に戻るのが最適解です。――悔しいですけど」
その時、ずしんと地鳴りのような音がして地面が揺れた。近くの建物が
「地震か?」
「――いえ、ルドルフ様、あれを」
リュカが進行方向である王都の中心の上空を見上げて指をさした。
いくつもの建物の向こうから、炎上する城に照らされる夜空を切り取る黒々とした巨大な影が立ち上がるところだった。
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