Ⅲ-Ⅶ
「思ったよりも早かったな」
そう言ったエデルは騎士団の精鋭達と共に、玉座の間に入り込んだ敵兵達と対峙していた。
「ずいぶんと手際よく入り込んだものだ」
睨みつける先には、敵兵の最後方で
ここに至るまでには近衛騎士が率いる騎士団を配置していたが、最も信頼のおける自身の右腕である補佐官のヨシノと、ほぼ専属といってもよいほどに王子と打ち解けていたリュカは、アルラーシュの守護に回る
しかし、諸々の条件を考慮したとしても早い。やはり騎士団の中、それも一般の騎士ではなく近衛騎士の中にも何名か敵に通じた者がいたと見える。
――予想よりも早く事を起こしたな。それにしても、王子のための祝祭の夜とは。
憎たらしい若造め、などとは決して口には出さない。
スタンリー家の不穏な動きはエデルも察知していたところではあるが、曲がりなりにも女王の夫であり、王子の実の父親の実家にもあたる貴族に対して、表立っての
――せめてもの
エデルと騎士団の背後には、
「フレデリクよ。やはり精霊石を動かしたのは
いっそ場違いなほど落ち着いた女王の声が、凛として玉座の間に響く。
フレデリクは上目遣いに女王を睨みつけたが、その額には脂汗が噴き出していた。
器が違う、とエデルは思う。フレデリク自身には大した政治的手腕も肝の太さもない。今も事を起こした張本人とまではいかずとも、この謀反には彼が大きく関わっていることは、この場にいる誰もが察していることだ。それでもまだ開き直ることもできず、半ば兵士達の背後に隠れるようにして佇んでいる。中心で笑みを浮かべているオスカー・スタンリーの方が、敵ながら若輩の身で堂々としていると言わざるを得ない。
「精霊石は人が触れてはならぬもの。その理由は、今あらためて言わずとも、ポートランドを治めるスタンリー家の
女王の言葉に、フレデリクは言葉を絞り出すようにして口を開いた。
「二十年前に貴様が引き起こした惨事を棚に上げて何を言う。……私のこの二十年間の屈辱が貴様にはわかるまい。この……魔女め」
「
「よい、エデル。続けさせてやれ」
フレデリクの罵倒に思わず声をあげたエデルを、女王は言葉だけで押し留め、フレデリクを見つめた。
しばし沈黙の
「……二十年、私は貴様からあの惨事を悔いる言葉を一度たりとも聞いたことはない。あの惨事に巻き込まれたのはハグマタナや群島の者ばかりではない。ファキールの、我が領土ポートランドの人間達もだ。あの戦争で死んだ我が国の者は圧倒的に人間が多いのだぞ。ファキールはそもそも人間が建てた人間の国だ。それが前の戦争では自分達では戦いもしないくせに、この大陸に居座る怠惰な
フレデリクは言葉を止め、ふうと深く呼吸をした。
「――亜人どもには我々人間と違い、この国を憂う心はない。このままではファキールは弱る。だから、だから私は」
それまでじっとフレデリクの言葉を聞いていた女王はゆっくりと口を開いた。
「それが、真に
フレデリクがおびえたように目を見開いたが、女王は意に介した様子もなく言葉を続ける。
「しかしこれだけは言っておく。誰に何と責められようとも、私は玉座を、この国を、民を投げ出すつもりはない。そしてアルラーシュも。あれは我らが王子。あの子には王たる資格がある。十六年、誰よりも近くにいて、それがわからぬ
「……ア、アルラーシュは」
フレデリクはぐっと口元を歪めて、大量の汗を浮かべた顔を下に向けた。
「失礼。もうそのあたりでお許しいただきたい。心優しく繊細な叔父上が苦しまれる姿、身内として見るに忍びません」
声を出したのは、それまで成り行きを静観していたオスカー・スタンリーだった。
「オスカー……」
弱々しくフレデリクは甥を見た。その様子にオスカーは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「お
「スタンリー卿、陛下は貴殿の発言までは許可されていない。控えられよ」
エデルが睨みつけたが、オスカーは軽く肩をすくめた。
「なるほど、見上げた忠誠心ですね、騎士団長殿。しかし貴方は叔父の苦しみの原因、その一端を知っているはずですよ。陛下はともかくとして、貴族達の噂が貴方の耳に入らぬはずがないのですから」
「オ、オスカー……、私、私は」
フレデリクは縋るようにオスカーを見る。彼の中にはまだ葛藤があるようだった。
「今更でしょう、叔父上。いっそ、この場にいる全員に聞かせてやればよいのです。アルラーシュ殿下の本当の父親は誰なのかという、貴族の間では有名な噂です。真偽を確かめる
オスカーは
「二十年前のあの時に精霊暴走に居合わせ、王女であった陛下と出会い忠誠を誓った若き騎士。彼はその後、有能さと忠誠を買われてファキーリアを護衛する騎士団へと取り立てられ、王城にて数年越しに女王と再会した。……物語ならば美しいのですがね。この噂が耳に入るたび、そうして
エデルは冷たい光を瞳に宿し、オスカーを見下ろすようにわずかに目を細めた。この若い貴族が、無いことの証明などできぬことを百も承知で自分を挑発していることはわかっている。
「噂は噂に過ぎぬ。そのような妄言で陛下のお耳を穢すは
エデルがオスカーを呼び捨てると同時に、騎士達が侵入者達に向けて剣を構えた。
「陛下、しばし
女王は黄金の睫毛に縁取られた瞳を細め、ゆったりと玉座の椅子に背を預けた。
「ここでよい。……
フレデリクは白い手袋に包まれた指先を
「よろしい。――……では、騎士達よ」
女王の声が振り下ろされた
「
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