Ⅲ-Ⅳ
夜の王都の街で、色とりどりの
陽気な音楽と人々の声、家々の前に吊るされた灯りで全ての道は明るい。
いつもなら寝床に入らなければならない時間に外を駆けまわることを許された子供達が笑い合いながら駆けていく、その足元の白い石畳には、昼間のパレードの名残の紙吹雪や花びらが散っていた。広場には大勢の人々がひしめきあって、その隙間に埋もれるように配置されたテーブルでは食事と酒がふるまわれている。
祝祭の熱に浮かれる王都を眼下に見ながら、白亜の王城の中でも宴が続いていた。
王国の正装に身を包んだアルラーシュは、母親譲りの中性的な美貌も相まって、遠い昔のお伽噺に出てくる王子そのものだ。その場に招待されている貴族達も口々にほめそやす。その中に、どれほどの
「ルドルフ、楽しめているか?」
会場の端で柱の陰に立っているルドルフにエデルが声をかけてきた。エデルは騎士団長として参加者であると同時に警備の責任者でもあるので、酒を飲んではいない様子だった。
「この国の礼儀はまだわからんことも多い。
「こういう場は苦手か。お前は昔から変なところで格好をつけるからな」
「苦手じゃない。これも仕事だろう」
「そうか? ならあそこにいるご令嬢達をダンスにでも誘ってみるか?」
「俺は貴族じゃないし、エデル、あんたみたいな騎士でもない」
「そうやってすぐムキになるところは相変わらずだな、ルーディ」
エデルに何か言い返そうとして、ルドルフは宴の会場から続く庭園に、見知った女性を見つけた。彼女は一昨日と同じ夜空の色のローブを身にまとったままで、宴の席には明らかに浮いている。積極的に参加する気はないようで、庭の片隅から、まるで暖炉の火を眺めるようにぼんやりと宴を見物していた。
ルドルフの視線を追ったエデルが口を開く。
「ソニア博士だな。知っているのか?」
「一昨日、モノと一緒に彼女の話を聞いた」
「そうかそうか。少し変わってはいるが良い
そう話しているうちに、ソニアの方でもルドルフとエデルに気が付いたらしく、ぺこりと頭を下げた。会場の隅といえども大の男が二人、しかも片方は騎士団長なのだから目立つはずだ。
「こんばんは、ソニア博士。ここは夜風が気持ちよいですね」
目が合って挨拶をしないわけにもいかない。エデルはソニアの方へ近付くと騎士らしく挨拶をした。「俺の時とはずいぶん違うな」とルドルフは思ったが口には出さない。
「き、騎士団長閣下。なんでこっちに……」
ソニアはわたわたと手を動かし、無造作に編まれたオレンジ色の髪をあちこち撫でつけた。
「先日は私の客人であるルドルフ・アインハードのお相手をしてくださったと聞きました。私からもお礼を申し上げます。しかし、研究のお邪魔にはなりませんでしたか?」
「じゃ、邪魔だなんてとんでもありませんわ。その、とても可愛らしいお嬢さんもご一緒で」
「ああ、ルドルフの」
「え、ええ。わたくしったら最初は勘違いしてしまって……」
「勘違い?」
「いえ、何でもありません。今度、閣下も研究所にいらしてくださいな。わたくしの故郷から珍しいお茶を取り寄せたんです。もしよろしければですけど……」
ソニアがもじもじと三つ編みの先をいじりながら言うと、エデルはぱっと笑顔になる。
「やあ、ありがとうございます。私は無学者ですが、それでも博士の研究のお話は大変に興味深い。勉強のためにも今度寄らせていただきます。おっと、それでは私はそろそろ戻らねばなりませんので」
エデルは笑顔のまま一礼し、踵を返す。ルドルフもエデルについて歩き出した。
その背後から小さく「違うのに、もう」と呟く声が聞こえた。
「……あんたも相変わらずだな」
「何がだ?」
エデルはルドルフの言葉に首を傾げた。
昔、孤児のルドルフを世話していたエデルに、近所の若い女達が一人では大変だろうとあれこれと差し入れていた。子供の頃のルドルフは女というのはお節介なものだなと思っていたが、長じて思えば彼女達の目当ては最初からエデルだったのに違いない。あの辺境では若い騎士は珍しかったし、エデルは騎士でありながらもどことなく気さくで、
長い宴が終わり、城内は熱が冷めたように静まっていた。
街では住民達が祝祭にかこつけて一晩中お祭り騒ぎを続けるのだろうが、それでもその熱狂の規模は夜が更けるとともに小さくなる。明日の朝には夢から醒めたように日常が戻ってくるに違いなかった。
ルドルフが扉を開けると、モノがテーブルの向こうの椅子にエムロードを抱えて座っている姿が目に入ってきた。
「起きていたのか?」
「……眠くはありません」
妙な返事だとは思うが、彼女の受け答えにルドルフはだいぶ慣れてきた。
「せっかくの祝祭だ。お前も来ればよかったのにな」
「そういった場所には、あまりと言うか、全く行ったことがないんです。だから、よくわからなくて」
切れ
エデルと別れ、一人で北へ旅立ったのは十三か四の頃だ。王族や貴族と違い、誕生日など記念して祝う習慣もないので自分の正確な年齢にあまり興味はない。しかし一般的に大人と呼べる年齢ではなかった。傭兵の真似事をするうちに、とある事件でバルトロメイと出会い、彼の元で取り立てられていった時も、こういう行事には苦労した。
――まあ、慣れるまではなかなか大変だったからな。俺も。
その点、エデルなどは下級とはいえ貴族に連なる身分であるから、そのあたりの振る舞いは実に自然だ。
「俺もどちらかと言えば貴族の集まりよりも街の祭りのほうが楽しめるな」
そう言うと、モノは顔をこちらに向けた。
「……今日はこの城から、街にたくさんの灯りが見えて。……あんな光景を見たのも、私は初めてです」
「そうか。次は街に降りればもっと楽しめるさ」
「カイも……あの灯りの中にいるのかと想像していました」
「カイ?」
「私を城に送り届けてくれたコボルトです。祝祭を見てから自分の村に帰ると言っていました」
「ああ、そう言えば、俺が出ていく前に行ってしまったんだったな」
「最初はびっくりしたけど、彼はとても親切でした。私が空腹だろうからと揚げパンを買ってくれて……、街のお祭りでは、ああいうお店も出るんでしょうか」
話しながら、モノの藍色の瞳に小さく光が差す。
元気がなかったようだが、これなら――とルドルフが安心しかけた時だった。
大きな音と、それに続いて短い振動が足元を揺らす。
遠くから風に乗って聞こえる大勢の人間の声と、隠そうともしない凶暴な気配。その気配を、ルドルフはこれまで何度も経験してきた。
ルドルフは素早く剣を引き寄せ、「モノ、上着の頭巾を被れ。早く」と指示しながら、自分も壁に掛けてあった旅用のマント素早くを羽織った。
草色のローブに包まれたモノの腕をつかんで、やや乱暴に立ち上がらせる。
モノは目を見開いて、きゅっと眉を寄せた。
「……何事でしょうか、一体」
「わからんが俺から離れるな。行くぞ」
ルドルフに引き摺られるようにしてモノも歩き出す。
「ルドルフ! どこに行くんですか?」
「
体当たりをするように戸口の扉を開ける。
目に見える範囲に異常はないが、建物に隠れて確認ができない西側から大勢の人間が争う声とかすかな
騎士とおぼしき者達が駆けていく。その後ろからソニアの着ているローブとよく似た形の上着を羽織った者達が続く。軍に所属している魔法使い達だ。
ルドルフはモノの手を引き、王城の中央の建物へと飛び込んでいった。
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