第1話 おっぱいを求めて

 「ザールラント王国8代目国王、このアルバンの言葉を無視するとは。貴様がいくらとはいえ、限度があるぞ!」


 王国の重臣や大貴族が集う会議室。


 長年の宮廷暮らしと女遊びと美食によりデップリテカテカボヨンボヨン状態の兄、アルバン・ドナートはツバを撒き散らしながら叫んだ。


 まあ、3歳年上の王冠被ったブタ兄貴のヒステリーには慣れっこだ。


 約1年前におっんだ親父、アダルブレヒト・ドナートの跡を継いで国王となってからは、常にカリカリしている。


 「…おっぱい、じゃなかった、うたた寝をしてしまったのは謝罪いたします。ですが、北方の民を脅かした【ジャイアントオーク】の討伐から帰ってきたばかりなので、オレもクタクタなのですよ」


 「な、何…?」


 「いやあ、兄上が最初に司令官として任命した子爵がしたゆえ、混乱を収拾するのに骨が折れました」


 「き、ききき貴様ああああ!ぶひいいいい!」


 「怒りのあまり変な声出さないでください。事実ですから」


 自分でも大人気おとなげないとは思っているが、どうしても我慢ならずに嫌味を言ってしまった。


 寄せ集めの500人足らずの軍勢と共に急遽北方へと派遣されて、昼も夜もなく任務をこなして帰ってきたのが昨日。


 ーユルゲン・ドナート。兄上の任務を果たし無事帰還しました。

 ーちっ。死んでおればよかったものを…

 ーは?


 オレになんの恩賞がないのはまだいい。


 だが、メンツを潰されたからといって、戦死者および負傷者への補償や功を立てた者への恩賞を出さないのは流石に腹が立った。


 結局、多いとは言えない財産をほとんどはたいて兵士に分け与えている。


 エミーリアがぷるんぷるんしてオレを慰めてくれなかったら、この豚野郎のへそに火をつけて3日3晩燃やしながら市場にさらしてその傍でリューゲン音頭を踊っていたところだ。


 もちろん、この一件だけの問題じゃない。


 1000人の美女を集めてハーレムを作る、宮殿を拡張するため税金を3割増しにする、軍備が必要ないから予算を半分に減らす。


 このバカくそ兄貴が贅沢するために思いつきでぶち上げた政策を、俺は現実的な見地から止めてきた。


 もちろん、どれだけ言葉を選んでも兄貴はオレを邪魔者扱いし、ついには会議でふて寝するまでに関係は冷え切っている。


 「やれやれ、出自の卑しい野人やじんはこれだから困る」

 

 「もはや宮廷には不要の存在。食事に毒でも混ぜて毒殺でもするか?」


 「胸の大きな女を与えて骨抜きにすれば良いと聞いたぞ」


 周りのひそひそ声からして、周囲のヨボヨボ重臣やボンクラ大貴族からもありがた迷惑に思われているようだ。




 まあ、その辺りのことはどうでもいい。


 今重要なのは、さっき下された決断だ。


 「兄上。そんなことより、リューゲン島から【南方艦隊】を撤退させるとはまことなのですか?エルデネト帝国がすぐにでも攻め込んできますぞ」


 「うひひひひ!それは私めから説明いたしましょう、ユルゲンさま」

 

 隣にいた兄貴のお気に入り、宰相のツェーザルが割り込んできた。


 本来なら政治権力を得られる機会のない田舎貴族の出だが、言葉たくみに兄貴に媚びへつらうことで、瞬く間にのし上がった経歴を持つ痩せ型の男。


 全身真っ黄色の衣服に身を包み、頭にはネコ耳のような帽子をかぶっている趣味の悪い佞臣ねいしんネズミ男だ。


 「ユルゲンさまが北方におられる間、エルデネト帝国の使者が船で参ったのです。長年両国の係争地となっているリューゲン島から【南方艦隊】を撤退させれば、今後軍事的行動は起こさないと」


 「まさか、それを素直に聞き入れたわけではないだろうな?」


 「うひひひひ!当然!両国の平和は先王たるアダルブレヒトさまも望んでおりましたではありませんか」


 「力の均衡がないかりそめの平和に何の意味もないわ。使者を呼び戻せ!」


 「すでにケムニッツの港から船で出航しました」


 「愚かな…!」


 『地果て海尽きるまで』、すなわち世界全土の征服を国是とするエルデネト帝国がそんな口約束を守るはずがねえだろ。 


 奴らがという欠点を生かし、【南方艦隊】を率いてギリギリ均衡状態を作り上げた親父の努力を無に帰すつもりか。


 あいつらは『ザールラント王国がついに膝を屈した』と誇張し、明日にでもリューゲン島を支配するための行動を起こすだろう。


 リューゲン島は、エルデネト帝国が東の海に進出するため、何としても抑えなければならない拠点だからだ。


 「愚かなのは、国の決定にいちいち反対する能無しのお前だあっ!」


 兄貴、いや、アルバンが玉座から立ち上がった。 


 「あんな小島は我が国固有の領土でもなんでもない!エルデネト帝国が欲しがると言うならくれてやればいいのだ!父がの子、使無能が口答えしおって!」 


 俺のスキルは大気を操る風魔法だからバカヤロー。


 ー【神風】かみかぜスキルは、信頼できる人間以外には明かしてはならぬ。王国を影から守るのが、お前の仕事だ。


 親父に頼まれたから魔法を使えないように振る舞ってんだっつうの!


 「本来なら【決闘の掟】で余自ら手討ちにしてやりたいところだが…い、命だけは助けてやる!だが、お前にこれまでの不敬行為に対する罰を与える!」


 魚一匹捕まえられないアルバンが【決闘の掟】を行使できるわけがないのは置いておくとして、その後何を言いたいかは大体分かっている。

 

 「これまでの公職を解き、名誉は全て剥奪する!そして、ここケムニッツからー」


 というわけでー、




 「はい!そこまで!」


 ここからはオレ流でいかせてもらう。



 ****



 「な、なに…?」


 「あんたが言いたいことは子供でわかることだ。だが、オレは分かりきったことをダラダラと聞くのが苦手でね」


 オレは会議室の椅子を蹴っ飛ばし、驚いた表情を浮かべる面々を見渡した。


 これまで散々バカにしたりこき使ってきた者どもに対し、一言だけでも言ってやる。




 「ザールラント王国7代目王国、アダルブレヒト・ドナートの第二皇子ユルゲン・ドナート。価値のない公職や名誉を全て捨て去り、ここケムニッツからもらう!」



 ****



 「フシュルルルル…」


 自らの屋敷に徒歩で戻る途中、蛇型モンスター【クサリヘビ】と遭遇した。


 灰色の体色をした、人なぞあっという間に飲み込めそうな巨大と猛毒を持つ危険な蛇である。

 

 元々はエルデネト帝国領内に生息する外来種のはずだが、どこから紛れ込んだものやら。


 オレは腰に差した剣のつかに手をかける。


 一瞬、にらみ合いの時間が流れた。




 「フシャアアアアアアアアアアッ!」


 オレを一飲みにせんと迫る【クサリヘビ】に対しー、




 「ーーーー【風切】かざきり


 自分のスキルで編み出した技の1つを発動した。



  ****



 「もう無能を装うのはやめるぜ、親父」


 中央から真っ二つにされた【クサリヘビ】を見つめながら、オレは長年暖めた計画を実行するときが来たと感じている。


 故郷でもあり、対エルデネト帝国最前線であるリューゲン島に戻るのだ。


 そしてー、





 再びおっぱいを楽しむっっっ!

 

 じゃなかった。

 いやもそれあるけど。



 …ごほん。






 親父の遺志を継いで、リューゲン島の住民を守る!







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