第86話 朝食と汽車とガリウル局長
魔王ルシアの誘いでカンタルナ連合魔王国にやってきた詩乃と誠治。
魔王国は彼らの自立を促し、その知識と能力を活かして活躍してもらうため、差し当たり、ということでいくつかの職の選択肢を用意していた。
その中で、誠治が選んだのは魔導科学省の技術開発局。詩乃が選んだのは国防省特殊作戦課。ついでにラーナは元々、国防省情報局の所属である。
要するに何が言いたいのかというと、三人は公務員で、魔都セントルシア郊外にある煉瓦造りの集合住宅で官舎住まいをしている、ということだ。
詩乃とラーナは同室で。
誠治はその隣の部屋で。
詩乃は誠治との同居を主張したが、『それはさすがに危なすぎる(自制心的な意味で)』と考えた誠治と、『抜けがけ良くない』と主張するラーナが反対して彼女をなだめ、結局上記の状態に落ち着いた。
以来、三人分の朝食と夕食を詩乃とラーナが作り、出来上がると誠治を部屋まで呼びに来るようになっている。
ここ一ヶ月ほどは二人が魔王陛下直々の特訓で家を空けていたため中断していたが、この日の朝は久しぶりに三人が揃ったため、詩乃とラーナが料理の腕を振るったのだった。
「ありがとう。二人とも、今日のご飯も美味しいよ」
食卓を挟んで、誠治が向かいの詩乃とラーナにそう声をかけると、黒髪の少女は嬉しそうに微笑み、ラーナは表情を変えずに小さく頷いた。
「おじさまに食べてもらうから、絶対に手は抜けないです」
ふんっ、と細い腕に力こぶをつくってみせる詩乃。
彼女も魔王国に来て、だいぶ明るくなった。
「あ、ありがとう」
苦笑いする誠治。
二人のそんなやりとりを見ていたラーナが、詩乃の隣でボソッと呟く。
「本当、誠治がいないときとの落差と言ったら…………モゴ」
言い終わる前に、詩乃に口を押さえられるラーナ。
「愛情が、スパイスですからっ」
「そ、そうか……」
笑顔の詩乃に、微妙に引き攣った笑みを返す誠治。
最近の三人は、こんな感じでいることが多い。
食卓には、目玉焼きとベーコンとサラダ。それに味噌汁と白米のご飯が並んでいる。
味噌汁とご飯が詩乃、目玉焼きとベーコンとサラダがラーナによるものだ。
おまけにテーブル上の陶器の瓶に入っている黒い液体は、まごう事なき醤油だった。
ちなみに食材は、宿舎の協同購買で仕入れている。
「まさか剣と魔法の世界で、美味しい和食が食べられるなんてね。初代魔王陛下と君たち二人に感謝しないと」
誠治の言葉に、詩乃とラーナは頷いた。
こちらの暦で150年ほど前に日本から召喚された初代魔王トシヒロ。彼は建国して国が安定すると、故郷の食べ物を再現することに力を入れ始めた。
米、味噌、醤油、納豆などなど……。
おかげで今の魔王国では、カレーを含めほとんどの日本の家庭料理を食べることができるようになっていた。
「さて、今日の予定だけど……」
各自の器の中が空になったところで、誠治は切り出した。
「はい!」
元気に返事をする詩乃と、こくん、と頷くラーナ。
「––––昨日の魔王様の話で、15時から王城で特殊作戦課の会議をするってことだから、それまでに僕らの考えをまとめておかなきゃならない。魔王様の計らいでそれぞれの職場には連絡が行ってるから、とりあえず午前中に三人で打合せして、昼過ぎに出ようと思うんだけど、どうだろう?」
「いいと思います」
「異議なし」
「よし。じゃあ、打合せ開始は?」
「30分後で」
ラーナの言葉に「分かった」と答えると、誠治は席を立った。
☆
三時間後。
午前10時過ぎ。
誠治の部屋で打合せをした三人は、郊外から都心に向かう列車の中にいた。
朝のラッシュアワーを過ぎているため、客車内は三人でボックス席に座れるくらいには空いている。
誠治はローブ姿。
詩乃とラーナは、それぞれの制服を着ての乗車である。
詩乃の制服は白基調の可愛いデザイン。一方のラーナは、ぴったりとした紺のスーツにベレー帽といういでたちだった。
少女たちの向かいに座った誠治は、流れる車窓を見ながら呟いた。
「魔王国って、蒸気機関の開発に成功してるんだよな」
客車を牽引しているのは、蒸気機関車である。
但し石炭を燃焼させて蒸気を作り出すのではなく、魔石をパワーソースとして魔法により熱源を作り出しボイラーで蒸気を作る魔導蒸気機関を搭載している点で、地球のそれとは大きく異なっていた。
実は魔王国には、石炭燃焼式の蒸気機関車もあるにはある。
だが魔導蒸気機関の開発を命じた初代魔王は、地球で大気汚染と温暖化の原因となっていた化石燃料の使用をできるだけ避けたいと考えていたらしい。
石炭燃焼式の蒸気機関車は、あくまで魔石の供給が滞った場合の代替技術として開発が行われただけだった。
「良い方法が見つかると良いですね」
車窓から外を眺めていた誠治に、向かいの詩乃が話しかけた。
誠治は彼女の方を向き、頷く。
「局長なら、きっと何かアイデアをくれるはずさ。あの人は魔王国技術史の生き字引みたいな人だから」
三人が予定よりも早く官舎を出て都心に向かっているのには、実は理由があった。
一つは、打合せがあっという間に終わったから。
二つ目は、打合せの中で壁にぶつかったからだ。
その相談のため、彼らは誠治の直属の上司である魔導科学省技術開発局の局長、ガリウルに魔信でアポイントをとり、誠治の職場に向かっているのだった。
ちなみに官舎の管理棟には有線魔導通信の通信機が置かれていて、交換所を経由して各省庁と連絡をとることができるようになっていた。
☆
魔王国官庁街の最寄駅は『カスミ駅』という。
駅名の名付け親は、初代魔王。
由来は言うまでもないだろう。
誠治は「色んな種族が暮らす魔王国では、きっと6字は長すぎたんだろうな」と勝手に思っていた。
そのカスミ駅で汽車を降りた三人は、赤レンガの建物群を横目に見ながら七、八分ほど歩き、誠治の職場である技術開発局の建物にたどり着いた。
前日とうって変わって好天に恵まれている。
すでに冬に差し掛かった魔王国では、絶好の散歩日和と言えた。
☆
「やあ、お嬢さんたちに会うのは久しぶりだね」
立ち歩く狼の姿をしたガリウル局長は、その恐ろしげな見た目とは裏腹に、紳士的な振る舞いで三人を出迎えた。
見た目通り、彼は人狼族である。完全な人型に変幻することもできるが、魔王国では本来の姿で通す者がほとんどだ。
「お久しぶりです、ガリウルさん」
「ご無沙汰しております、局長」
微笑みながら会釈する詩乃と、しっかりと一礼するラーナ。
「ああ、二人とも歓迎するよ」
改めて丁寧に挨拶をしたガリウルは、今度は誠治の方を向いた。
「おはよう、セージ。今日は軍議で休みだと聞いていたが?」
「おはようございます、局長。……その件で、ちょっとご相談したいことがありまして」
ガリウルは、ふむ、と腕組みすると、
「分かった。とりあえず掛けてくれ。話を聞こうか」
応接スペースに三人を案内したのだった。
☆ちょっとだけお知らせです。
本作が「第3回ドラゴンノベルス新世代ファンタジー小説コンテスト」の中間選考を通過しておりました!
https://kakuyomu.jp/contests/dragon_novels_2021
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