第85話 魔王城の晩餐
魔王ルシアとの話し合いは夕暮れ時まで続いた。
もっとも最初から外が暗かったため彼らは特に夕方という感覚もなく、壁に掛かっている振り子時計の鐘の音で初めて時間を知ったのだけど。
ルシアは「時が経つのはあっという間ね」と呟くと、三人に向き直った。
「さて。遅くなっちゃったし、あなた達が良ければ一緒に夕食をと思うんだけど、どうかしら?」
せっかくの魔王様からのお誘いである。
断る手はない。
「せっかくですから、ぜひ!」
誠治たちは、一も二もなくお誘いを受けることにした。
☆
––––半刻後。
食堂に案内され、席についた誠治たちの前には、たくさんの料理が並んでいた。
「これは美味い!」
ひとくち食べた誠治が思わず感嘆の声をあげると、向かいのルシアが微笑する。
「お口に合うようでよかったわ。久しぶりの外からの来客ということで、今日は料理長が特に張り切っていたみたいだから」
「久しぶり、ですか?」
「ええ。色々な機会に国民を招いてこうして一緒に食事することはあるのだけど、国の外から来た人、しかも異世界の勇者を招く機会なんてないものだから」
ルシアは「あとで料理長に『喜んでもらえた』と伝えておくわ」と上品に笑った。
一方、誠治の隣に座った詩乃は複雑そうな顔で料理を口に運んでいた。
「……くやしいなあ」
「どうしたの?」
尋ねる誠治に、詩乃は恨めしげに皿の料理を見つめた後、誠治を見た。
「私じゃ、ここまで手の込んだ料理は作れないなあ、って思ったんです。おじさまに美味しいものを食べさせてあげたいのに……」
「張り合うのは、無謀」
反対側の席からばっさり斬り捨てるラーナ。
「ムボーじゃないもんっ」
ラーナにふくれっ面をする詩乃。
ラーナはそんな妹弟子に、首をすくめて見せた。
「手間とひまをかけて最高の食材を扱う王城の料理人に、同じ土俵で張り合えたら、むしろ彼らの立つ瀬がない」
「そりゃあそうだ」
思わず笑う誠治。
詩乃は口をとがらせた。
「でも俺は、詩乃ちゃんの家庭的な味も好きだよ」
誠治の言葉に、ちら、と彼を見る詩乃。
「……本当?」
「本当だよ。いつも『美味しい!』って叫んでるでしょ?」
「…………そうでした」
「また、ご馳走してくれるかな?」
「がんばります!」
ふんっ、とこぶしを握る詩乃。
機嫌を直した彼女に、誠治は苦笑する。
前の結婚生活では、こんなやりとりすらなかった。
仕事の忙しさにかまけ、ちょっとした声がけを面倒臭がっているうちに、しだいに関係性は薄れていった。
妻の裏切りは、彼自身が招いた部分も大きい。なるべくしてなったのだ。
だから今は彼なりに、大切な人たちとの関係を保つため、ちょっとしたやりとりを大切にするよう心がけていた。
詩乃的には色々と刺激のある晩餐だったが、結論として三人は、素晴らしい料理を堪能した。
味と同時に、見ためにも楽しめる皿の数々。
使われている食材も、一口食べれば質の良さが分かるほど上等で新鮮なものが使われていた。
魔王国は北国のため冬の間は育てられるものが限られる。しかし初代魔王の尽力によって農業や漁業、食品加工の分野では一部原始的な機械化が進められ、ある程度の効率的な食料生産が行われつつあった。
建国当初は飢えと寒さに苦しんだこの国も、今では国全体で計画的に備蓄がされていることもあり、この百年ほどは深刻な飢饉の発生はない。
これは第二代魔王ルシア・マチルダ・カンタルナの功績と言えるだろう。
150年前、人間から迫害と弾圧を受けていた魔物たちを引き連れ、北の山脈を越えた異界の勇者トシヒロ。
彼と魔族の姫が興した国は、今や世界有数の豊かな国となっていた。
☆
城門から出た一台の馬車が、二人の少女と一人のおっさんを乗せ、魔都セントルシアの郊外に向けて走っていた。
夜も更け、誠治の向かいに座る黒髪の少女は、すでに夢の世界の住人である。
「準備期間二週間てのは、厳しいよな」
誠治の呟きに、向かいのラーナは静かに頷いた。
「相手があることだから仕方ない。シュバルツシルトで移動できる私たちはむしろ恵まれてる。ノートバルト派遣軍の主力は、明後日にもセントルシアを出発する。彼らは鉄道でノルベルト山脈を越え、深淵の森の北の国境まで移動する」
「……そうだな。ぎりぎりまでここに残る俺たちは、せめてできる限りの策を練って、準備すべきだな」
誠治は窓の外の闇を眺めながら、勇者対策に思いを巡らせた。
魔王陛下の望みは、なるべく両軍の衝突を避けること。
そのためには、搦め手が必要になる。
誰に仕掛けるのか。
何を仕掛けるのか。
策は一つでは足りない。
勇者たちとヴァンダルク軍の士気を削ぎ、撤退する理由を用意する。
幸いなことに魔王ルシアからは、役立ちそうなアイテムを一つ預かった。
これを、どう使うのか。
いくつか思いつくことはある。
が、一人で考えることには限界がある。
流れてゆく魔灯の光を見つめながら「明日から皆と相談しなければ」と思う誠治だった。
☆
翌朝。
誠治は誰かが部屋をノックする音で目を覚ました。
コンコン、と二回ずつ間隔をあけてノックされる玄関の扉。
この戸の叩き方は––––
「はいはーい」
慌ててベッドから起きだし、寝巻きの上からローブを羽織り玄関に急ぐ誠治。
鍵を開けガチャリとドアノブを回し押すと、思った通りの相手がそこにいた。
「やあ、おはよう詩乃ちゃん」
「おはようございます! おじさま、朝ごはんができましたよ☆」
詩乃が柔らかな表情で微笑んだ。
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