第84話 勇者対策と魔導帝国2

 

 東大陸を席巻し、今やこの中央大陸にまで魔の手を伸ばそうとしている異界からの侵略者、魔導帝国ライラナスカ。


 彼の国を構成する者たちのことをこの世界の人々は、魔物を操り、見たこともない強大な術を使うことから『魔人』と呼んでいる。


 だが魔王ルシアによれば、それは彼ら個人の魔力によるものではないという。

 彼女が誠治たちに語ったのは、恐るべき事実だった。


「彼らの力の源泉は、他の生物、または他国の人間の魔力よ。その力を無理やり吸い取って魔石に充填してエネルギーとして使っている。彼らにとって自国民以外の生物は、人間を含め、すべて魔力を得るための家畜にすぎないの」




「家畜……」


 絶句する誠治と詩乃。

 すでに知っていたのか、表情を変えず沈黙するラーナ。


 ルシアはさらに踏み込んで話を続けた。


 彼らの世界が、魔法技術を柱として文明を発展させてきたこと。


 その中で最も早く産業革命を実現したのがライラナスカであり、彼の国では魔物を意のままに操るだけでなく、魔力を動力とする機関の開発にまで成功していること。


 そしてその発展がゆえに大量の魔力消費により魔石不足に陥り、ついに他国を侵略してその国の民を奴隷化し、同時に魔力を強制的に吸い取る禁忌に手を出したこと。


「ライラナスカは数十年かけて彼らの世界を征服したわ。そしてそれによって大量の家畜を得た。……だけど、そこで止まらなかったのよね」


 魔王ルシアは小さくため息を吐いた。




「ひょっとして、需要が供給を大幅に上回っていた、ということですか?」


 誠治は、地球において石油やガスが枯渇した状況を想像してみた。


 言うなれば、オイルショックが世界規模で慢性的に起きている状態。


 経済の停滞。

 社会不安。

 頻発するデモ。

 治安の悪化。

 反政府勢力の伸張。

 武力による弾圧。

 反乱。


「行き着く先が、異世界への侵攻ですか……」


 誠治の言葉に、ルシアは頷いた。


「彼らがこの世界にやって来て五年。今のペースで進めば、二年以内に東大陸は完全に彼らの手に落ちるわ。そうなれば次の目標はこの中央大陸。彼らはすでに渡洋侵攻の準備を進めてる」


「「二年!?」」


 誠治と詩乃の叫びが重なる。


「二年で彼らがやって来るんですか! この国にも?!」


「ええ。十中八九ね」


 ルシアは目を伏せ、自分の紅茶に口をつけた。




「そんな……」


 愕然とする誠治。

 彼は久しぶりに衝撃を受けていた。


 あの大侵攻(スタンピード)から3ヶ月。

 様々な種族が共に暮らすこの国は、大変刺激的でありながら、一方で誠治に穏やかな時間を与えてくれていた。


 裏切りや人との確執の少ない恵まれた環境。

 地球に戻りたいと思ったことなど一度もない。

 魔王国は彼にとって、今や第二の故郷になりつつあった。


 その故郷……故国が、侵略の危機に瀕している。

 それは誠治にとっても、そして同じ気持ちの詩乃にとっても、受け入れられることではなかった。




「敵の侵略に対する備えは進んでいるんですか?」


 誠治の問いかけに、魔王は首を振った。


「この五年間、魔王国としてできることはしてきたつもり。魔王国の技術と軍事力は、あなたも知っているでしょう?」


「……ええ。地球で言えば十九世紀後半……俺たちのいた時代から150年ほど前の大国の水準にあると思います。この世界の文明レベルから言えば、300年は進んでる」


 誠治がそう言うと、ルシアは「そう」と顔を歪めて微笑んだ。


「……だけどね。ゴロムイの記憶を見る限り、ライラナスカと魔王国ではあまりにも隔絶した差がある気がするのよ。けれど、それがどのくらいの差なのかが私には分からない。あなた達を今日ここに呼んだもう一つの理由は、それね」


「「?」」


 顔を見合わせる、誠治と詩乃とラーナ。


 ルシアは席を立つと、自らの執務机まで歩いて行き、引き出しから何かを取り出して持ってきた。


 彼女は布に包まれたそれをテーブルの上に置くと、ゆっくりと布を広げてゆく。




「これは……」


 息をのむ誠治。


 やがて中から姿を現したのは、ビー玉をふたまわりほど大きくした透明な玉だった。


 ただのビー玉との違いは、玉の中で紫色の煙が渦を巻いているということ。


 何かに似ている、と感じた誠治は、それがかつてヴァンダルク王国に召喚された際に、加護を調べるのに使われた水晶球に似ているのだと思い当たった。


「魔王さま。これって…………」


「前にへーかが言ってたもの?」


 詩乃とラーナの問いに、ルシアは頷いた。


「あなた達には修行中に少し話したわね。……そう。この水晶の中には、ゴロムイの記憶の一部を封じてある。そして修行を積んだ星詠みなら、これを読み取って他者と共有することができるわ」


「……ひょっとして、そのための修行?」


 ラーナが、少しだけ顔を傾けて尋ねる。


「それも目的の一つね。だけどそれだけじゃないわ」


 ルシアはそう言って微笑んだ。




「さて。それじゃあ、実際に中の映像(ビジョン)を見てみましょう。最初だから、私もサポートするわ」


 そう言って立ち上がるルシア。

 詩乃とラーナがそれに続き、慌てて誠治も立ち上がった。


「隣の人と手を繋いで」


 ルシアの指示に従い、円陣を組み互いに手を繋ぐ。

 ルシアは詩乃に問題の水晶を握らせ、その上から覆うように彼女のこぶしを握った。

 誠治の両隣は、もちろん詩乃とラーナだ。


「目を瞑って……心を落ち着けて……」


 そうして彼らは、水晶に封じられたゴロムイの記憶(ビジョン)を見る旅に出たのだった。




 ––––どれほどの時間が経ったのか。


 誠治が意識を取り戻し、目を開けると、全員が険しい顔で佇んでいた。


「ひどい……」


 しぼり出すような声で呟いた詩乃。

 ラーナがその言葉に首肯する。

 ルシアが皆に言った。


「あれが魔導帝国ライラナスカの姿よ」


 誠治は今しがた見せられた胸糞悪いビジョンに、こう言うほかなかった。


「あれは奴隷どころか、家畜ですらないですね。玩具、おもちゃ、慰み者……。被征服民はそういう扱いということですか」


 頷くルシア。

 彼女は誠治に尋ねた。


「あなたはあの映像を見て、うちとライラナスカの差はどの位だと思った?」


「約五十年……ですね。地球で第一次世界大戦があった頃か、それをやや上回るくらいの技術レベルだと思います」


 即答する誠治。


「対抗できるものかしら?」


「今、彼らがやってくれば、間違いなく一方的に負けます」


 誠治は絶望的な見解を口にした。

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