第83話 勇者対策と魔導帝国1
誠治の言葉に、魔王ルシアは苦い顔をした。
「そうね。あなたち三人には、勇者への対応をお願いしなければならないわ。そして、ただ戦うよりさらに難しいことも、ね」
「…………ひょっとして、彼らをこちら側に寝返らせる、とかですか?」
戦うよりも難しいとは、つまりそういうことだろう。勇者たちをヴァンダルクから離反させよ、と。
だがルシアは誠治の言葉に小さく首を振った。
「半分当たりで、半分外れね。私はできれば両軍に犠牲を出さないように解決して欲しいと思ってるのよ」
「つ、つまり、勇者たちを含め敵全部を説得せよ、と?」
「そう」
誠治は予想をはるかに超えた魔王の言葉に、絶句した。
ルシアは紅茶に口をつけると、話を続けた。
「王国となったノートバルトとうちが相互防衛協定を結んだことは各国に通知済みだし、両国の国内でも十分に周知されてる。ノートバルトの危機にあたって魔王国が援軍を派遣することは問題ないわ。ただ、いかにうちの兵器が優れていようと、異界の勇者の大規模魔法とやりあえば多大な犠牲を強いられる。それに––––」
彼女は順に三人の顔を見る。
「東大陸を手中に収めつつある『魔人の国』ライラナスカに対抗するには、できるだけ多くの戦力が必要よ。この大陸の中で小競り合いなんかしている場合じゃない。私は最終的に、ヴァンダルク王国を含めた中央大陸の全ての民の力を結集させなければならないと思ってるの。対ライラナスカ大同盟という形でね」
「将来の同盟のため、遺恨を生みたくない、ということですか」
「その通りよ」
真剣に見つめ返す二代目魔王。
誠治は唸った。
魔導帝国ライラナスカ。
東大陸に突如として出現した転移門から侵攻してきた謎の軍勢。
不思議な力を持ち異形の魔物を操ることから、この世界の人々は彼らを魔界からやってきた者……『魔人』と呼んで恐れていた。
だがその正体は、誠治たちとはまた異なる世界からやってきた『人間』である。彼らの実態は、ある人物への尋問によって明らかになった。
その人物とは、ヴァンダルク王国宮廷魔術師ゲルモアの弟子。名をゴロムイという。
彼は先の大侵攻(スタンピード)の際、飛行戦艦シュバルツシルトの砲撃によって重症を負い、捕虜として捕らえられていた。
回復後、ルシアが自ら星詠みの力を使って『人道的に』尋問した結果、様々なことが分かったのだ。
ゲルモアとゴロムイはライラナスカの秘密工作員であること。
ゲルモアがヴァンダルク王を焚きつけ、国家管理の大型魔石を使って人為的に大侵攻(スタンピード)を起こしたこと。
そしてその意図は、王に進言したような『異端の勇者抹殺とノートバルト懲罰』ではなく、実はまだ未熟だった他の勇者ごとヴァンダルク王国を滅ぼすことにあったこと。
「残念ながらライラナスカの目と耳は、すでにこの大陸中に広がっているわ」
「ゲルモアのような工作員が、他にもいるってことですか?」
誠治が尋ねると、ルシアは「そうね」と答え、弟子の一人に視線を移した。
「ラーナ、今までに分かったことを教えてあげて」
ラーナは頷くと、誠治と詩乃に向き直る。
「ライラナスカの工作員は既に中央大陸のほぼ全ての国に送り込まれてる。そしてその半数以上で、国の中枢にまで入り込んでることが分かった」
「「そんなに!?」」
思わずハモる誠治と詩乃。
ラーナは話を続けた。
「ほとんどがゲルモアと同じパターン。彼らはその進んだ魔法技術で自分を権力者に売り込んで、宮廷魔術師のような立場になっている。あまりに時期と手口が同じだから、精査する必要もないくらい」
「安直な……」
「そんなに同じ手口なのに、怪しまれないの?」
誠治は眉をひそめ、詩乃はラーナに尋ねた。
「全く怪しまれてない訳じゃない。だけど手口そのものを他国の事例と比較してる人はほとんどいない。ゲルモアは例外的に最上位の肩書きをもらって表に出てきてたけど、他の工作員たちは何人かいるお抱え魔術師の一人としてあまり目立たないように活動してる」
「じゃあ、あのゲルモアって人が特別だったのね」
詩乃の言葉に、ラーナは少しだけ考えるそぶりを見せた。
「……たぶん、勇者召喚で焦ったんだと思う」
「「え?」」
聞き返す誠治と詩乃。
「ゲルモアが目立って表に出始めたのは、実は半年くらい前のこと。それまでは他の国に送り込まれた工作員と同じように、一年くらい大人しくしてた」
「でも、あの召喚にはゲルモアも関わってるんじゃ……」
「ちがう。あれを主導したのは第一王女のセレーナ。彼女は母親の実家に伝わる秘術を使って、ヴァンダルク単独での勇者召喚を成功させた。あの女はその功績で王位継承を狙ってる。ゲルモアは王女の企みを察知して、阻止すべく動いてたふしがある」
ラーナは誠治の言葉を否定した。
「しかし、それだけ大規模に工作活動をしてるってことは、ライラナスカには工作員を育成して運用する組織がある、ということか」
それこそ、CIAやKGB、イスラエルのモサドのような。そんなことを考え、誠治はぞっとした。
ルシアは頷いた。
「ゴロムイの記憶にそれらしきものがあったわ。彼らが与えられた役割は二つ。一つは諜報活動。もう一つは中央大陸で戦争や動乱を起こす工作活動。彼の記憶には、大規模な盗賊団を組織して町や村を襲わせているものもあったんだけど……ひょっとして心当たりはない?」
「「「えっ?!」」」
驚いて顔を見合わせる三人。
「もしかして僕らが戦った『孫の手』とかっていう盗賊団は……」
正確には『死者の手』だが、三人の中で唯一名前を覚えていた詩乃は、もちろん誠治にツッコミなどいれない。
「やっぱり……」
誠治の言葉に、ルシアは複雑そうな微笑を浮かべた。
「空間障壁のようなものに魔法が防がれてるビジョンがあったから『もしかしたら』と思ったけど、やはりあれはシノなのね」
「ええと、はい。あの時もおじさまに魔力を借りて空間障壁(バリア)を張った気がします」
「そうだったね」
頷きあう詩乃と誠治。
「ゴロムイの中ではあれは想定外だったようよ。彼らは大掛かりな魔法装置と膨大な魔力を使って次元を超越する空間魔法を実現したけれど、星詠みのようにそれを個人で行使する技術も能力も持っていないわ。あれを『魔人』と呼ぶのはちょっと持ち上げ過ぎね」
「そうなんですか!? 」
誠治は思わず声をあげた。
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