第82話 企む者、乗せられる者

 

 ☆



 時を二週間ほど遡る。


 ヴァンダルク王国・王都ヴァンデルムから南に半日。

 ジュードの丘と呼ばれる丘陵地帯にはその日、一見では視界に収まらぬほど大勢の兵士が集められていた。


 実は、小高い丘とその足元に広がる草原、丘の背後の深い森、さらにそれらを貫く河川で構成されたその一帯は、ヴァンダルク王国軍の大演習場である。


 集まっているのは兵だけではない。

 主力の第一騎士団、第二騎士団、セレーナ王女に仕える百合騎士団、さらには近衛騎士団と彼らに守られた豪奢な馬車の車列まである。


 言うまでもない。

 その馬車の主人は、ヴァンダルク王とその家族。


 現王、ラルス。

 第一王子のクラウス。

 そして第一王女のセレーナ。


 以下、第二王子マルク、第三王子ユゼフと続く。これはそのまま王位継承権の順位となっている。王妃と側妃、他の王女たちはこの場にはいない。

 馬車から降りた王族たちは、特別に設えられた観覧席に座り、その時を待っていた。




「セレーナ。お前の『お気に入り』は使えるようになったのか?」


 金髪で爽やかな雰囲気の美男子……第一王子クラウスが、隣に座る腹違いの妹に親しげに尋ねた。

 問われたセレーナは、こちらも微笑を貼り付けたまま答える。


「さて、なんのことでしょう? 仰っている意味が分かりませんわ」


 この返事に、クラウスが皮肉げに嗤う。


「おいおい、とぼけるなよ。光の勇者サマと随分お親しい仲だと聞いているぞ」


「私は勇者の皆さまに、等しく、同じように接しておりますわ。お兄様こそ、周りの目も気にされず『聖女様』とずいぶんと親しくしていらっしゃるようですが」


「突然見知らぬ世界にやって来てしまった少女の不安な心を支えるのは、男として当然だろう。僕の器を周りに示しているだけさ。どこかの誰かのように、夜陰に紛れてこそこそ逢引するより良いだろう」


「……この国の切り札となる方を繋ぎ止めるのは、王女として当然の務めだと思いますけど」


「ま、好きにすればいいさ。ボロを出さないよう気をつけることだ。なかなか迫真の演技で健気な少女を演じてると聞いているよ?」


 兄のからかうような物言いに、セレーナは彼をギロリと睨んだ。


「お兄様こそ、誤って聖女を潰さないようにして下さいね。勇者が身籠っていざという時に使い物にならないなど、笑い話にもなりませんわ」


「ははっ! 気をつけるさ」


 第一王子クラウスはそう笑うと、演習場に進み出た勇者たちの一人……かわいい系のセミロングの少女に朗らかに手を振るのだった。




 それから間もなく。

 広大な演習場に、いくつもの大規模魔法が炸裂した。


 それは小さな村なら飲み込んでしまうほど巨大な火の玉であり、天高くまで巻き上がる暴風の竜巻であり、目の前の丘を一瞬で防壁に変える大規模な土魔法だった。


 また『聖女』の呼び名が高い勇者の少女が辺りを魔法の霧で包むと、そこにいた者全員の疲労が吹き飛び、長年患っていたケガや病気が一瞬で治癒したという。


 そこまでで十分度肝を抜かれていた観客たちだったが、最後の一人、光の加護を持つ勇者が眩い光を放つ剣を振るった後には、もはや皆絶句するほかなかった。

 彼が放った魔法剣『閃光斬』は、前方の地面と森を、幅2m×深さ1m×奥行き数キロにわたって抉り取ったのだ。


 異世界から来た勇者たちの力は、絶大だった。




 彼らのあまりの力に誰もが沈黙する中、ひときわ豪奢な椅子に座り、その様子を見物していた者が立ち上がり、叫んだ。


「素晴らしい!!」


 パチパチパチと拍手する王。

 続いて王子、王女が立ち上がる。

 するとまもなく、周囲からも拍手と歓声が湧き上がり、広がっていった。


 自分たちを讃える声を受けた五人の勇者たちは、それぞれ違ったリアクションをした。


 王女に向かって剣を捧げる者。

 王子に向かって微笑む者。

 調子に乗って観客に手を振る者。

 複雑な表情で仲間を見つめる者。

 ばか騒ぎには興味なしとばかりに観客に背を向け、連発された大規模魔法と魔法剣が大地に残した爪痕を観察する者。


 その様子は、今の彼らと王国との距離感や関係性を如実に示すものだった。




 自国を守護する勇者の力に沸く兵たちを一瞥した王は、王子と王女が勇者一行のところに降りてゆくのを確認したあと、椅子に腰を下ろした。


 脇には、初老の小柄な男が控えている。

 王家の『影』を司り、王に絶対の忠誠を誓う一族の長、家令のペネトだ。


 異端の勇者二人の始末と捜索に失敗した彼は、一時は宮廷魔術師ゲルモアの下に格下げされる扱いを受けていたが、ゲルモアの失敗と行方不明により再び王の側近の座に返り咲いていた。


 王は彼に言った。


「上々の仕上がりだな。これなら『使える』だろう」


 ペネトは主の傍に赴き、小声で確認する。


「では、北の件を処理しますか?」


「うむ。あれら勇者を投入し、王を僭称する北の裏切り者とその一味を始末してくれる!」


 忌々しげに肘置きに拳を打ちつけるヴァンダルク王。その姿に、自らの行いを省みる姿勢はない。


 ノートバルト辺境伯領独立の直接の理由は、ゲルモアが立案し、彼自身が承認した魔物の大暴走(スタンピード)にある。

 新生ノートバルト王国からもその旨がはっきりと記された告知文が届いていたのだが、彼は自分の行いが招いた結果だとは思っていなかった。


 背後にいる魔物の国に誑(たぶら)かされたのだと、そう信じている。




「北への派遣は、どの騎士団に致しましょう?」


「第一と百合騎士団だ」


「……よろしいので?」


 第一騎士団は第一王子クラウスが、百合騎士団は第一王女セレーナが率いる騎士団だ。


 王位を巡って争う二人をトップとする二つの騎士団は、お世辞にも仲が良いとは言えない。

 ペネトには、共同で作戦を行うにはややリスクが高い判断だと思われた。


「よい。クラウスとセレーナに功を競わせる」


 側妃の子であるクラウスの背後には宰相が、王妃の子であるセレーナには母の出身である北東の国フェルドラントがついている。


 彼らを競わせ、戦果を拡大する。

 さらにその競争の結果、双方が無理をして多少の損害を被ってくれればなおよし。

 王子と王女の父親は、そんなことを考えていた。


 強すぎる後継者は、現王の暗殺に手を染めかねない。

 ヴァンダルク王国の歴史は、継承という国家の一大事が決して綺麗事だけでは済まないということを教えてくれていた。


「では私めと『影』は、北の情報の収集を行いながら、お二人を見守ると致しましょう」


 ペネトの言葉に王は、指で肘置きをトン、トン、と叩き『物足りない』という意思を態度で示した。


「あやつらがどうあれ、だ」


 王の目が細められる。


「裏切り者と異端者は、処分されねばならぬ」


 ペネトは今度こそ、主が言わんとすることを理解した。


「……お任せを。陛下」


「任せたぞペネト。今度こそしくじってくれるなよ」


 うやうやしくこうべを垂れるペネトに、王はにやりと笑うのだった。



 ☆



 時間と場所を元に戻す。


 魔王ルシアの私室で、話を聞き終わった誠治は声をあげた。


「つまり、ヴァンダルク王国軍が勇者たちを連れてノートバルト領を奪い返しに来る、と。そういうことですか?」


「そう。うちの子たちが送ってくれた情報によれば、あなた方の同胞は順調に成長して、今や一人で一軍に匹敵する力を持つようになっているとか」


 間諜が送ってきた、勇者たちの魔法と技についての報告をかいつまんで説明するルシア。


 そのあまりのぶっ飛んだ内容に、誠治と詩乃、ラーナは顔を見合わせる。とてもじゃないが、普通の人間では太刀打ちできないだろう。


「それは……困りましたね」


 誠治は息を吐くと、ノートバルトの王都ノルシュタットに残してきた友人たちのことを思い返していた。


 説明ずきのクウォーターエルフ。

 片腕を失くした彼を、側で支えていた国王の妹。

 そして国王と将軍たち。


 皆、大切な友人たちだ。


 ルシアはそんな誠治を見つめながら話を続ける。


「残念ながら今のノートバルトに、勇者たちに立ち向かう力はないわ。このままでは亡国は時間の問題。そこで––––」


「俺たちの出番、ということですね」


 誠治は腹を決めたように、ルシアに頷いた。


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