魔女と世界の隠し事

押田桧凪

魔女と世界の隠し事

「自分勝手でいつも偉そうに上から見下しているものって、何でしょう?」


 ハッ。ちょっと待ってください。いきなり何なんですか、アナタは。なんていう茶番が、これから行われるような状況ではないことを、当然、僕は知っている。


 放課後の図書室での、思考のひととき。

 それこそ、まさに至高のひととき。


 ではシンキングタイム、としよう。英語でいうと、Time to think だが。


 僕は、これまでの短い人生の中で得た知見を総動員して、思案を巡らせる。俗に言う、脳みそフル回転とかいうやつだ。


 ◆ ◇ ◆


 会話の呼び水として、なぞなぞを出すような人間は彼女の他にどれくらい存在するのだろうか。


 いや、いないだろう。という反語を前提にして考えるのは良くないだろうが、正直、彼女から会話を成立させる意思が感じられない、というか。小学生同士の一方的なクイズの出し合いに通底する何かを感じる。


 その、第一印象を暴落させるような破天荒さ。反応に戸惑うような質問をする、唐突すぎるインタビュアー。普通の人が聞いたら、顔をしかめて、いきなり何だ、と思うに違いない。

 無理もない。僕も初めはそうだった。だけど、慣れると案外気にすることでもなく、僕と彼女の間にはこれぐらいの距離感がちょうど良いのだと思うようになった。


 とても、ちぐはぐで、でもどこか相補的で、不器用な関係。


 彼女──松木琴葉と出逢ったのは今から2ヶ月前。5月のことだった。松木さんとは同じクラスではないものの、所属するクラブが同じだということで偶然知り合った仲である。


 ◆ ◇ ◆


「さぁさぁ、サノくん。回答どうぞ。結構、じっくり考えたんじゃない」


 松木さんはニヤリと片頬で笑いながら、こちらを窺ってくる。


「うん、多分だけど」


今回は、少し自身がないので、こう断っておく。それから、一呼吸置いて、静かに答えた。自分勝手で、いつも偉そう。そして、上から見下している──。


「束縛が強い彼氏、とかかな」


 ぷっ。松木さんは吹き出した。からからとした笑い声が図書室に響く。


「ちょっと、やめてよ。笑わせないで。なにそれ」

 うーんと、じゃあねえ。松木さんは考え込むような仕種しぐさをしてから、こう言った。


「じゃあ、ヒント。私が、嫌いなものです」

「牛乳のほかに?」

「うっ……、うん。まあ、そういうコト」


 松木さんは、一瞬苦い表情をつくり、すぐに顔つきを改めてきっぱりと言った。


 ◆ ◇ ◆


 ヒントが出されてから5分が経過した。


「ふーん、サノくん。もう出てこない感じ?」



 松木さんは、涼しい顔をして、からかうような口調で投げかける。口元を緩めて、サディスティックな笑みを浮かべた。


「もしかして……パスタ?」


 冷えたら、美味しくない。勝手に冷めてしまう。そして、パスタは古代ローマ時代の貴族が食べていたものだ。庶民を見下したような、贅沢品といえるだろう。18世紀に入ってから、ようやく大衆食として普及したと言われているし。



「ブーッ。不正解! だから。食べ物系じゃないよ、もうっ」


 顔をふくらませて、牛乳が嫌いだという一面だけを見て、食わず嫌いだと決めつけるな、という風な。鋭い眼差しを向けてくる。射すくめるような、強い眼光。すみません、と心の中で小さく謝る。それから、口を開いた。


「正解は、太陽でした〜」


 なるほど、太陽か。たしかに、当てはまっている。毎日、日は昇って、沈む。しかし、その時間帯は一年を通して季節によって異なる。これは地軸の傾きによるものだということは、天体の単元で学習した。


 『自分勝手』という表現から答えを推測できなかったのは仕方ない、と思うが、そもそも擬人法は、なぞなぞの王道だ。


 類題として、例えば、「容易に動かせるが、絶対に持ち上げられないものは、何でしょう?」 というなぞなぞ。


 この答えは、『影』だ。


 ──ああ、僕の敗北。

 熟考が裏目に出て、正解から遠ざかってしまった気がする。小学生でも解けそうな問題であるが故に、非常に悔しい。


 それで、魔女は太陽が嫌いなのか……。


「なんだかヴァンパイアみたいだね」


 松木さんは、愉快そうに、余裕を滲ませた表情で、にやりと笑った。

「あらら、サノくん。分かってないみたいね。ヴァンパイアは別に太陽が苦手なわけじゃないのよ」


「えっ、でも……」

「フィクションなんて、どれも所詮こじつけよ」


 それを言ってしまえば終わりなのでは、と内心文句をつけながら、ふぅんと物分かりの良い子を演じるように、頷く。本音を殺した僕の同意に満足したように、松木さんは微笑んだ。


「彼らヴァンパイアは白昼堂々、人を襲うのが憚られるから夜に血を吸うだけであって。『太陽が嫌い』なんていうのは、ただのガセネタよ」


 え、そうなの。それ本当ですか。てか、情報源どこですか。なんでそんなに裏事情に詳しいの。疑問が次々と湧いてきてしまう。


 相変わらず、松木さんは不思議な人だ。


「私がサノくんに一番最初に出した、なぞなぞ風に言い換えると。『日中に出歩くことで身の潔白が証明されるのは、誰でしょう?』って感じかな? ハハッ」


 ◆ ◇ ◆


「じゃあさ、もし私が魔女だったらどうするのよ」


 耳慣れた展開だ。しかし、これが仮定法なのか、彼女の家系が本当に魔女と関わりがあるのか定かではないが、彼女の目は真剣だった。


「魔女だから、ヴァンパイアと違って、血は飲まないんだよね?」


「まぁそうね。でも、一応さっきの話に付け加えておくと──ヴァンパイアが手に持ってるグラスの中に入っている液体は、血じゃないからね? あれは赤ワイン。私のママも赤ワインが好きみたいで、よく飲んでるんだけどね。でも、私ワイン飲んだことし、まだ飲むような歳じゃないから分からないけど、赤ワイン好きじゃないかも」


「それは……、どうして?」


「私、甘党なんだよね。白ワインには甘口と辛口があるんだけど、赤ワインには辛口しかないんだって。だから、飲めないかもなーと思って。まっ、甘口って言っても、糖分の含む量で区別してるだけらしいんだけどさ」


「なるほど。まぁ、どちらにせよ飲んでみないと分からないよね」と言った僕の言葉を松木さんは、そりゃそうだ、と笑い飛ばした。


 ◆ ◇ ◆


「で、魔女は太陽が嫌いなのか」


「何言ってんの、サノくん。当然! 陽射しはお肌の大敵! しみができちゃう!」

 荒く息を吐き出しながら、すかさず松木さんは怒号のような声でえる。


 落ち着いて下さい。


 それから、冷静さを取り戻したように、ふわふわと柔らかな声になって言った。


「でも、まあ。サノくんのさっきの答えも、あながち正解かもね」


「え。どっち?」


「束縛が強い彼氏っていう、答え。

 私、太陽にストーカー規制法適用したいぐらいだもん」


「たしかに。ずっとついてくるよね、太陽。しつこいぐらい」


 僕の言葉に頷き、松木さんは、げんなりとした顔をつくって、肩をすくめた。


 それから、松木さんは帰る準備をし始めたのかと思うと、通学カバンから何やら小さなボトルを取り出して、振り始める。


 せわしなく指を使って、液体を伸ばす。

 白い指。白いクリーム。シトラスの芳香が、ふわっと僕のもとにも広がってきた。


 ──日焼け止め。


 それは彼女にとっての、嗜好のひととき。

 けれど、それは太陽からの、現実からの

 逃避行のはじまり。

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