第21話 君はどんな花を生ける?
せっかく鳥居が用意してくれたのだからと、佐木は再び粥を口に運ぶ。冷え切ってしまったそれを、時間をかけてだったが全て食べられたことに自分でも驚く。
そして窓辺で一服してから、掲示板のチェックの続きを始めた。ようやく集中力が復活してきたようだった。
掲示板では、フローラやリッパーリッパーが暴言を吐きつつ花師の次の作品への期待を語り、闇導師と他数名がブツブツと警察への呪詛をまき散らしていた。Poeは
退出したようである。
佐木の頭の中に、顔のない怪物の書き込みが浮かんでくる。
『居るのは分かってる。笑ってろよ。今はな』
挑戦とも脅しとも余裕ともとれる内容。まるで自分の行動を見透かされているようだと、佐木は思った。
だから、6年前の通り魔事件の犯人を、佐木の心の中でだけ『顔の見えない怪物』と呼んでいることさえも、見透かされたような気になってゾッとしたのだ。単なる妄想だと分かっているのだが。
仮に『顔のない怪物=花師』だったとしても、『顔のない怪物=顔の見えない怪物』とは限らない。
過去の事件と繋がりがあるのかないのか気になる所ではあるが、今は一旦切り離し、花師の事件に集中しなければと、佐木は頬をパチンと叩く。そして、また画面を睨むのだった。
どんどん画面をスクロールしてゆき、鳥居と一緒に見たところから3時間後くらいのところまできた。深夜ということもあり離脱者が増え、リッパーリッパーやフローラが他の会員の悪口を吐き出す下らない書き込みだけが連なっていった。
そこに再び、佐木の心臓を貫く書き込みが現れた。
顔のない怪物:20**/06/02 03:13
君はどんな花を生ける?
ゾクリと背が震えた。だが、冷水を浴びたと思った次の瞬間には、カッと身体が燃えるように熱くなってきた。
――これはもう確定でいいよなぁ……お前、花師だよなぁ。
この書き込みは、5日前、4人目の被害者の写真が晒された、あの巨大掲示板でのやり取りが元になっているとしか思えない。
佐木は、zagiとして花師に宛てて「次はどんな花を生ける?」という書き込みした。そして花師は「極楽鳥花」と答えたのだ。
やはり花師はzagiの問いに答えていたのだ。
佐木の心が逸りだす。
――やっぱ面白れぇよ、あんた。今度はあんたの方から俺に話しかけてきた、そう受け取っていいんだな?
無論、花師が佐木というリアルの存在を認知しているとは思えない。だが、自分に問いかけて来たzagiなる人物が、このラストサンクチュアリの会員であることは分かっているのだから、zagiに読ませるために書き込んでいるのだ。
――さて、お前は何が言いたい? 邪魔者が「居るのは分かっている」んだもんなあ。その邪魔者がzagiだと気付いたか?
すぐにでも返答したいところだが、慎重に言葉は選びたいところだ。やはりここは少し様子を見た方がいいだろうなと、佐木は腕を組む。
顔のない怪物が、続けて書き込みをしていないか、じっくりと目を通していく。
だが、一体いつ寝るのかリッパーリッパーとフローラの下らない中傷合戦が続いているばかりだった。管理人のルシファーがたまりかねたのか、個別にメッセージでやりとりするようにと促していた。それに従ったのか、ゴミのような書き込みは目に見えて減っていた。
佐木はスクロールの手を止める。そして思考に没入していった。
――例えば
これまで上手く犯行を重ねて来た花師にとって、ラストサンクチュアリ内から自分を邪魔する者が現れ、妨害されたことは想定外であったろうし、屈辱だっただろう。見つけだして報復しようと考えても不思議はない。
しかし、邪魔者が誰であるか特定するには判断材料が少なく、ましてzagiと結び付けるのにも論理的に納得できる理由など見つからないだろう。zagiは巨大掲示板で次に使う花の名を聞いただけなのだから。
ラストサンクチュアリの会員でありながら、花師を賛美しなかったからか。
巨大掲示板に書き込んだからか。
いずれにせよ、邪魔者=zagiだと決定づけるには、理由が弱すぎる。
――いや、ロジックなんか関係ない。インスピレーションなんだ。確実性はなくても、怪しいのはzagiしかいないと思ったんだ。実際
腕を組み、佐木は何度も『君はどんな花を生ける?』と繰り返し呟く。花師を生け花にする妄想はこれまでに何度もしたが、ここで問われているのはそういうことではないはずだ。
佐木は幻の女の裸身を思い浮かべてみる。その頬を撫で、そして細い首に指を食い込ませる。肌を滑らかさを堪能した後に、斧を振りかぶり首を落とした。続いて手も足も落としてゆく。積み木遊びをするように、バラバラになったそれをあり得ない形に組み替えていった。
『君はどんな花を生ける?』とまた呟き、そっと白薔薇と答えた。
――待て。奴が今後も犯行を続ける気なら、『次はどんな花だと思う?』と聞くんじゃないのか? なんで『君』なんだ。なんで奴本人が主体じゃないんだ? 君はどんな花を生ける……君は……。今、俺は自分ならどんなふうに生けるか考えた。白薔薇を生けた……。
「ああ、そういう事か! ナイスだ! 悪意の塊かよ!」
佐木はガンとテーブルを叩くようにして、身を乗り出した。倍速で鼓動を打つ心臓は燃えているようだった。息が上がり乱れ、指がぷるぷると震えている。無意識のうちに、血がにじむほどに唇を噛んでいた。
恐怖などではない、不快極まりないがこれは歓びだった。花師の言葉の意味を真に理解したのだ。
鼻先数センチまで画面に近づき、佐木は見えるはずのない相手を睨みつける。ひきつけでも起こしたかのような小刻みな笑い声をあげた。
「さすがだよ、この外道め。えげつない事思いつきやがって……」
それは犯罪の使嗾だったのだ。
「君」とはzagiを指しているだけではなかった。ラストサンクチュアリの会員に向けて、「どんな花を生ける?」つまり自分と同じ殺人を犯してみろと煽っていたのだ。
とんでもないことをはじめたものだが、邪魔をしてくる相手の鼻を明かすには、いい手だと言わざるをえない。事実、佐木の腸は煮えくり返っていた。
もしも会員たちがこれに従ってしまったら、最悪の場合、花師の模倣犯が何人も現れることになる。
「最高だぜ、ぶっ壊してやる! お前こそ、笑ってられるのは今のうちだ! クソが、なめんな。お前のケツの穴に目ん玉ぶち込んでやる!」
スマホを手にとり近藤に電話をかけながら、画面をスクロールする。顔のない怪物の書き込みはスルーされていたが、この後も反応している者がいないことを祈る。
スマホからはコール音が続いている。先ほどの電話の様子からすると、近藤はこの書き込みに気付いていないと思うのだ。早く出ろと気が焦る。
清水のところに行くと言っていたから、今ごろ事情聴取の真っ最中なのかもしれないが、そんなことよりももっと重要なことがあるのだと、何度も舌を打った。
掲示板をスクロールする手が止まった。6月2日の午前6時の書き込みが、佐木に一瞬呼吸することを忘れさせた。
屍:20**/06/02 06:23
敬意を込めてガーベラを
屍は、顔のない怪物の正体に気付いてしまった。そしてその意思も読み取ってしまったのだ。
そして後刻、怪物も屍が手を上げたことを知ってしまった。
顔のない怪物:20**/06/02 08:39
素晴らしい
「クソが……!!」
ゴミ箱に八つ当たりの蹴りを入れてしまい、タバコの吸い殻が部屋に散らばった。
歯を剥き鬼の形相で、早く出ろとスマホを罵った。
今日は6月3日だ。時刻は午後4時過ぎ。屍の書き込みからもうすぐ一日半が経過する。掲示板には、それ以降二人のやり取りはない。屍は顔のない怪物こそ花師だと察しているはずだから、神と崇め憧れる相手を前に黙していられないはずだと佐木は考える。犯行を行うにしても、教示を願うだろうと思うのだ。とすれば、個別にメッセージで連絡を取り合っていると考えられる。
花師からテクニックを教わった屍は、もう獲物を定めているかもしれない。
プツッとコール音が途切れた。
『はい、こん』
「ラストサンクチュアリに花師が書き込みしてる!」
近藤が出た途端に佐木は大声でまくし立てた。無駄なおしゃべりをしている暇はなかった。
「会員に自分と同じ形態の殺人を使嗾し、それに乗ったやつがいる!」
『ちょ、ザギ?』
「屍ってヤツが、昨日の午前6時にガーベラを使うと宣言している! 早く止めないとまた犠牲者がでる!」
『わ、分かった! ちょっと待て、落ち着いて話せ』
「必要なことは言っただろう! 早く動けよ! なあ、早く! ラストサンクチュアリを見ろ! 顔のない怪物と屍を特定しろ!」
佐木は理解の悪い近藤に苛立っていた。
いきなりの電話で全てを瞬時に理解して、即動くことなど無理な注文であろうが、今は一刻の猶予もないのだ。
『分かったって! 今出先なんだ、鳥居に連絡させてるから、ゆっくり喋れ。花師が例の掲示板で殺人教唆をして、それを引き受けたやつがいる。そうだな』
「そうだ。屍だ。もう1日半たっている」
『屍というアカウントが話に乗った。書き込みから1日半。花師のアカウントは?』
「顔のない怪物だ」
近藤が復唱し、隣でそれを訊いた鳥居が捜査本部へと連絡している声が微かに聞えていた。
「花師はラストサンクチュアリ内に、情報を警察に流している者がいることに気付いている。会員に自分の代わりに殺人をやらせようとしていることも、即警察に垂れ込まれると分かっているはずだ。だから、即実行させるに違いない! ちきしょう、気付くのが遅かった! 1日半が過ぎてる。もう行動にでているかもしれない!」
*
雑然とした事務所で、近藤と鳥居は憔悴した清水と向き合って座っていた。清水は相変わらず、大して売れてないホストのようないで立ちだった。
清水は手帳をペラペラとめくり、3人の男の名を告げた。それから、何か思い出したのか机の引き出しをゴソゴソと探り、数枚のA4サイズの紙を出してきた。
「誓約書、書かせたんですよ。二度とXYZには来ない、うちのタレントにも近づかないってね。アイツらには本当に迷惑したんで……」
近藤らが事務所にやってきたとき、清水は顔を見るなり、捕まったんですかと駆け寄ってきた。そうではないと知ると、あからさまにがっかりと肩を落とし、次に天雲が怯えて元気をなくしているのではないかと訊ねたが、その心配は全くの無用でとても元気ですと、鳥居に一言で返されてしまった。
少し寂しそうに笑ってから、清水は近藤の用件に耳を傾けたのだった。
町田勇作、出島柊人、遠野正明。
それが出入り禁止になり、誓約書を書かされた3人であり、この中の一人がdeathなのだ。誓約書には住所と電話番号も書いてあり、すぐにでも事情を聞きに行ける。
全員に当たってdeathを特定してもいいが、清水にもう少しこの3人の話を聞いてからでも遅くはない。
そして、近藤は彼らが何をして出禁になったのか、一通り把握した。彼らは徒党組んでいたわけではなく、それぞれ別の時期に別の問題行動起こして、出入り禁止になっていた。ライブハウス内での喧嘩、アイドルへの付きまとい、飲酒をしてのライブの妨害などだ。
「町田か、遠野じゃないかと思いますよ。あいつらは愛美のファンの中でも有名だったんです。特に町田なんか見るからに頭の悪いヤツで」
清水は、この2人のどちらかがdeathではないかと言うのだった。
「どうして出島ではないと?」
「そりゃ、そいつは来夢につきまとってた奴だからね。愛美には関心ないと」
近藤と鳥居は顔を見合わせた。deathは出島だと、声には出さずに頷き合った。
その時近藤の電話が鳴った。発信者の名前は、佐木涼介だった。
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