今年最後かもしれない日常と青春写真部
立ヶ瀬
第0話 まもたん
青春最後の年となる少し前の春休み。
中学時代からほぼ毎週の日曜日の楽しみとなっていた、自宅から蓑山公園までのサイクリング。3月下旬ということもあり、ハンドルを握っている手が寒さでほんのりと冷たい感覚が伝わる。それ以外は特に何事もなく、蓑山公園まで走り切り、公園にある展望台から景色を眺めていた。
その時、背後から女性の声が聞こえてくる。
「あ……あの、すみません。写真、撮って頂けませんか?」
「いいですよ~」
写真撮影のお願いはよくあることで、特に気にもしない俺は快く彼女のお願いを引き受けた。
まあ、ぶっちゃけ、一眼レフを肩にかけているからなんだと思うけど。
「こ、これでお願いします」
彼女は灰色のコートのポケットからスマートフォンを取り出し、俺に手渡す。
触れた感じとても小さい。見た目に傷はなく、むしろ新品のような美しさを放っている。
「どこで撮りますか?」
「あの端っこの場所がいいです」
彼女が人差し指を向けた方向には、蓑山公園通の俺くらいしかしらないであろう、絶景ポイントが見られるお気に入りの撮影ポイントがあった。しかも、指を向けた時の彼女は、なぜか俺の目を見て微笑んでいた。
「いいところ指しますね! 了解です」
俺はたまたま偶然だろうなと思いこみ、そこまで気にしてはいなかった。
しかし、何故かこの時の俺は妙にテンションが上がり、いつもとは違ったような感覚だった。
「私はこちらから撮りますので、準備OKでしたら言ってください」
「OKです……」
彼女の返事とともに俺はカメラの視点を彼女に合わせる。
立ち姿は上品かつ、やや落ち着いた清楚な印象が目に映る。
「じゃあ、いきますよ~。3、2、1」
カシャ。
カメラのシャッター音が鳴る。
「これでいいですか?」
先ほど撮影した写真を彼女に見せると、またしても俺の目を見て微笑んだ。
多分、良かったのだろう。と、勝手に判断することにする。
「ありがとうございます」
「ところで、このスマホってとても綺麗ですね。新品みたいです」
やばい。ついつい余計なことを口走ってしまった。
いつも以上にテンションが上がっていた俺は勢い余って、見ず知らずの彼女に余計なことを質問していた。
「……よく言われます。でも、このスマホ、もう5年くらい使っているんです」
「長い間、大切に使っていらっしゃるんですね。俺なんて1年使ってもうこんなボロボロですよ」
ズボンのポケットから液晶がバキバキに割れたスマホを取り出し、彼女に見せるとやや少し笑った。
「バキバキ凄いですね……やっぱり落とした、とか……ですか?」
「そうですね〜。写真を撮影するときにうっかり落としたりして画面を割ってしまったのが多いですね」
この時の俺はテンションも下がりいつも通り話していた。その後も写真のことなどについて語り合い数時間が経った。
「今日はありがとうございました。また会ったら宜しくお願いします」
「わかりました。帰り道ご気をつけて」
「はい。――まもたん。またね」
彼女は微笑みながら小声で「まもたん」というどこか聞き覚えのある言葉を言い残して去っていく。
まもたん?
あれ? どこかで聞き覚えがある。どこか、どこだ……。
考えれば考えるほど、俺の奥底に眠っていた遥か昔の記憶がよみがえっていく。まもたんという言葉、それは俺のあだ名であり、幼馴染のとある一人の女子が言っていた言葉。
その子の名前……なんだ、思い出せない。
名前。
名前。
なま……はっ!?
「純恋!?」
俺はその名前が分かった瞬間、彼女の名前を呼ぶが、もうそこに彼女はいなかった。
今年最後かもしれない日常と青春写真部 立ヶ瀬 @kokubo_kokubon
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