第4話君が信じる天国と地獄

「君は天国を信じるの?」

僕は夏休みの最後の日に彼女の溜まった宿題を図書室で手伝いながら訊いた。

「どうしたの?君らしくないことを言うね。」

彼女は少し面白そうに笑いながら僕の方をチラッと見た。作業の手を止められる程の余裕はないらしい。

「えっと・・・天国?」

「そう。こんな地獄のような日に課題を任せてくるもんだから天国に行く気はあるのかなって。」

僕がそう笑うと彼女は大笑いをして机を叩いた。

「あっはは、君は面白いね」

彼女は笑い続けていたがしばらくして収まったようだ。思い出したように止めていた手を再び進めた。彼女の手元には漢字の提出用紙があった。彼女はそこそこ頭が悪いらしく、理系の教科は全て僕に丸投げしていたのだ。

「ねぇ、終わった?」

彼女は再開したはずの手を止めて僕の方を見た。

「終わった。帰るよ」

僕は僕らしい汚い字で埋まったノートを彼女の漢字用紙の上に投げ渡した。

「おっ、全問正解じゃんっ。答えでも見たの?」

「見るわけ無いでしょ?君とは違うよ。」

僕は図書室から出るといつも通り彼女は付いて来て不服そうに僕の肩をスクールバックで叩いた。

「痛っ。」

「なんで君みたいな人が学年一位かなぁ。」

僕は彼女の方を見て少し笑ってあっかんべーをした。

「君は大学どうするの?」

「んー、今は考えてないかなぁ」

そこまで不真面目でもない彼女が高2の夏なのに考えてないなんてことあるのか。

「まぁ、君はなんとかなりそうだもんね」

彼女が運動部にでも入ってればきっと活躍していただろうに廃部確定の部活になんか入るもんだからクラスの奴らに残念がられたんだろうな。

「そういう君は大学どうするの?」

彼女は僕の少し前を歩き僕の顔を覗き込んだ。

「さぁ。どうしようね。」

彼女は僕の答えを僕らしいねと笑った。

しばらく歩いていると彼女は思い出したように話し始めた。

「天国だっけ。」

「何が?」

「君が訊いたんでしょ?まさか忘れたの?」

僕は一瞬何を言ってるのか分からなかったが10秒程記憶を遡ってやっと図書室で僕が訊いた「天国を信じるか」という話だとわかった。

「忘れてなんかないよ。」

「ふぅん?」

僕は彼女から目を少し外らしたが彼女は余り気にしていないようだった。彼女は空を見上げて言った。

「私は信じるよ。天国も、地獄も。」

彼女の表情はいつも通りの笑顔だったけど声はいつもより硬かった。

「へぇ。そうなんだ。」

僕はその声の硬さに気づいたが目を背きたいような気分になって少しそっけない返しをした。

「君が訊いたくせに興味ないわけー?」

彼女は僕の気持ちに気づいたのだろうか。またいつもの明るい笑顔で僕に文句を言った。彼女はこの場の空気を悪くしたくないらしい。僕はそんな変な気遣いが気に食わなくてこの話を続けた。

「信じてるの?それとも信じたいの?」

彼女は少し踏み込んだ僕の質問に驚いた顔をした。でもまたすぐに笑顔に戻った。

「ねぇ、競争しよっか。」

「え?」

彼女は突然何かを思いついたように言った。

「何で?勉強なら受けて立つよ」

「ちーがーう。今此処からあそこの灯台のてっぺんまで競走するの。」

確かあそこの灯台の中は螺旋階段になっていて相当な高さだったはずだ。果たして万年インドアの僕の体力が持つだろうか。

「よーい、ドン!」

僕の準備も待たずに彼女は走り出した。いつも彼女を置いて行ってる腹いせだろうか。彼女は最初からトップスピードで走り出した。そんな体力がどこにあったのだろう。元陸上部の彼女と万年インドアの僕とでは勝敗はすでに決まっている。

僕がゴールしたときにはもうすでに彼女は灯台の窓に腰掛けていた。『外に足を投げ出して。』

「危ないよ」

僕がそう声を掛けても何故か彼女は振り向かずにただ外を見て息を整えていた。

「ねぇ、陽輝君。こういうことだよ。」

そう言って振り向いた彼女は泣いていた。

彼女の涙は後者だと教えていた。

彼女は天国があるとと言っていたんだ。

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