怖い話

@chased_dogs

怖い話

 あるところに、怖い男と怖くない男がおりました。


 怖い男は、あまりに怖いので、村の誰からも怖がられ恐れられていました。

「おれは怖い男だ! ウワハハハハハ!」

 男が村を訪れこういうと、村人たちはたちまち恐怖に慄きました。

「ヒィィーーッ! 怖い男だ!」

「助けてーー!」

「あぁ、怖い! 怖い!」

 それを見て、怖い男はニヤリと満足げに笑います。それからまた、ノッシノッシと山の棲家へ帰っていきました。

 そういう日が何日も続きました。


 さて、怖くない男は、あまりに怖くないので、村の誰も男を怖がりませんでした。

 怖くない男が村を訪れると、村人たちはこぞって手を振り集まって来ました。

「ワアアーー!」

「今日は何しに来たの?」

「一緒に山へ行こうよ!」

「おいしい桃が採れたんだ。土産に持ってお行き」

 怖くない男はニコリと笑い、そして去って行きました。

 そういう日が何日も続きました。


 あるとき、あまりに皆から怖がられるので、怖い男はうんざりしてしまいました。それで、誰か自分を怖がらない人に会いたいと願いました。

 同じ頃、怖くない男は、あまりに誰からも優しくされるので、申し訳なく思うようになりました。それで、誰か自分を怖がったり恐れる人に会いたいと願いました。


 また次の日、怖い男がいつものように村へ行きますと、人だかりができているのを目にしました。

 何だろう、と怖い男が物陰からじっと見ていますと、人だかりの真ん中には男がいて、村人たちはその男と楽しそうに話しているようでした。

 村人たちが皆弾けるような笑みを浮かべているので、怖い男は居ても立っても居られず、村人たちのところへ出ていきました。すると、

「うわあ! 怖い男だ!」

「助けて!」

「怖い! ヒィィーーッ! 怖い!」

 村人たちは怖い男に気がつき、蜘蛛の子散らすように逃げて行ってしまいました。

 村人たちが去ったあと、怖い男と怖くない男だけが残されました。

 怖くない男はただ、困ったようにニコリと笑いかけました。

「あんたはおれが、怖くはないのかい?」

 怖い男は恐る恐る、怖くない男に訊ねました。

「ぼくは別に、あなたのことを怖いとは思いません」

 怖くない男は答えました。

「おれは、恐ろしい。誰からも恐れられないあんたが、たまらなく恐ろしい」

 その言葉を聞いて、怖くない男は目を見開きました。そして笑いました。

「ウフ、ハハ。ハハハ! なんて素敵なことだろう! あなたは、誰からも恐れられないぼくを、怖いと思った! 恐れた! こんなに嬉しいことはない! ハハハ!」

 怖い男も釣られて笑いました。

「ウハハ! ウハハハハ!」

 男たちの目から、涙がこぼれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怖い話 @chased_dogs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説