第10話 剣の迷宮-ソード・ワールド-

 あたしがそのことを思い出したのは、年月が経ちハーヴェスに来てから二度目の鱗落としが終わってからだった。

 ウロコは500日くらいで生え変わるからだいたい3年ってところ。

 そしてあたしらリルドラケンにとってそれは大切な節目でもある。


 ウロコは食べたものからできる。移住した先で2回もウロコが生え変われば、そのウロコは移住先で作られたもんってわけで。その土地に馴染んできた証になるわけだ。

 そう、あたしは無事ハーヴェスの3年目を迎えることができた。

 大変な目にもあったけど、リーズのお嬢ちゃんのおかげで食うものに困ることだけはなかった。それでもあたしは砕けることなくやってこれた。


 リルドラケンとしての節目でもあったわけだけど、この春はもう一つ大事な節目でもあった。


「ちょっと聞いていますの?あなたには感傷に浸っている暇はないのですよ。ワタクシの言ったこと分かっていまして?ほら、復唱」


「あー、はいはい。当部署におけるー……なんだっけ」


「ムキーーーーッ!アナタ!アナタ!アナターーーッ!」


 事務所の机越しにジタバタと癇癪を起こしているのはコールストン財団秘書課長、ペリカさん。イヤミな性格とは裏腹に小さくて可愛いタビットの姿をしているもんだから、これはこれでお人形みたいで嫌いじゃない。


 モールモールはうさぎ好きらしく、ペリカさんにデレッデレだったけど、指導を受けてからはトラウマを植え付けられたのかすっかり大人しくなってた。


 あたしは今、新部署立ち上げのため書類仕事や他作業の指導を受けているところだ。


 冒険者部門、新しくコールストン財団に開設される部署だ。

 立ち上げはあたし一人だけど、四人ほど従業員候補を見つけてボスに報告しておいたから、いずれ五人になる。


「だいたい、アナタのような野暮ったい野良ドラケン……ヤボドラケンを財団に置いているのもあの社長の権限におけるものが大きいのですよ!しっかり働いて自身の価値を示せないなら、部署ごと容赦なく潰しますからねっ!」


 なんでそこ略したんだ。

 トントン椅子に足踏みしながら興奮状態のペリカさんはさらに縦に伸びたり横に伸びたりしてる。


「あー、はいはい」


「はいは一回!」


 こんなやり取りをずっと繰り返してる。


「何遍でも確認させてもらいますわっ!まず活動圏内における報告義務、及び説明義務があることは説明したでしょっ!」


「こういうの、モールの方が適してると思わねえ?モール呼んでよ」


「キーッ!いいから!聞く!アナタの説明責任にはもちろん迷宮について含まれていますわ!」


 迷宮?そんな話出てたっけなと思いながら資料をめくる。いつのまにか10ページくらい進んだページのはなししてた。

 そこにはハーヴェス近郊の村や森、遺跡が細かく図解されていて、中でも「要調査対象」として「剣の迷宮」の文字が踊ってる。


「ん?こんな場所にあったか?剣の迷宮」


 剣の迷宮といえば、魔剣が人を試すために生み出す特別なダンジョンだ。

 内部はおかしな構造をしていることが多いため、他のダンジョンと容易に区別がつくらしいからちゃんと確認済みなんだろう。

 しかし、そこに書いてあるのは……


「アナタと社長、そしてあのおチビドワーフが確認済みとなっていますが!我々秘書課はこの事実を今!初めて!知ったのですが!」


 今度はペリカさん、椅子の上でぴょんぴょん跳ね始めた。


「ああ、悪い悪い。これについての説明は後で書面にまとめるからさ、それで勘弁してくれない?」


「……そうですわね、アナタのノミほどの脳みそじゃマトモに説明できそうにないですし?せいぜいおチビさんと一緒にマトモな説明を考えておいてください?」


 頭に血がのぼりすぎてフラフラと立ち上がったペリカさんはよろけるように席から降りる。


「あとのことは地区担当のガリオン秘書にも伝えてあります!抜かりなく、資料提出期限を守って、アナタたちであの社長の手綱を握りなさい!良いですわねっ!」


 そう捨て台詞を吐くと、ぴょんぴょん跳ねて退出していった。

 事務所に残されたあたしはポリポリと鱗の隙間から頬をかいて、改めて資料を眺める。


 剣の迷宮、命名はウチの社長で「ゾルバ・ウクタの試練」と名付けられていたそうだ。

 あの日消えた魔盾ゾルバ・ウクタ。

 あれの行方をずっと聞きそびれていたけど、ようやく見当がついた。

 剣の迷宮はあの遺跡の場所そのままと書かれてる、つまりあの遺跡は今剣の迷宮になってるんだ。


 あたしの推測でしかないけど、あの時社長が指示した言葉「所有権の永久放棄」ってのはきっとそのままの意味だ。

 あたしは二度とあの魔盾を所有する権利を失った。そしてあの場にはあと、盾を持てそうにないくらい背の低い社長と、モールモールしかいなかった。

 オークがいたらまた変わってたんだろうけど、そのオークも頭を潰されて動けなかった。

 結果、魔剣は即座に所有者を探すべくその場で剣の迷宮を生み出した……。

 剣の迷宮が生まれた場所がどうなるかは知らない。

 もしかしたらあの遺跡と砲塔は迷宮に押し潰されて無くなっちゃったのかも知れないし。

 それとも、丸ごと剣の迷宮に吸収されちまったのかも知れない。

 どっちにしろ、砲塔と遺跡は機能を失って。気絶したあたしをリーズ社長やモールモールが運んだ……社長があたしに語らなかった顛末はこんなとこだろう。


 ふと遺跡のことを思い出した拍子に砕けちまったメイスのことも頭に浮かぶ。

 鈍器の亡骸もきっと、もう跡形もなくなってるに違いない。できればどこかに埋葬してやりたかったけど。

 剣の迷宮が、墓代わりだと思うことにした。

 弱いあたしはあそこに置いてきた。


 あたしは、ウロコだらけの田舎者は。

 今も、折れないよう自分を磨きながら生きている。

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うろこだらけと財団のはなし 過鳥睥睨(カチョウヘイゲイ) @karasumasiro

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