第9話 うろこだらけと財団
久しぶりに歩き回るハーヴェスはあたしの村と違って豊かで、賑わっている。
あんな血闘があったことなんで夢であるかのように日の光がテラスに差していて、口に含む水も一段と美味しい。
もしかしたら高級な水なのかもしれない。
ストローでちうちう吸うとなんかリッチな気分になる。
「当たっていやすよ、お水からメインディッシュに至るまで高品質を味わえるお気に入りのお店でありやす」
あたしの様子を見ながらいちいちニコニコしているこの社長は相変わらず変わらない。
それがあの悪夢みたいな遺跡探索が嘘じゃなかったことを証明してくれる。
「で、聞きたいことがあるんだけど」
「あ、あれからなんで無事で帰って来れたか?ですよね?」
「じゃなくて報酬のこと」
何でもかんでも先回りされてるような気がして、思わず思ってもいないことを口走った。
けれどそいつは笑みを絶やすことなく、そうでしょうそうでしょうって顔をしてる。正直あの一件がなきゃ胡散臭さ極まりない。
「あれだけあって報酬が契約通りしかないってどういうこと?あたしゃとんでもない怪我したし、商売道具だって折られちまった。その分の補填があってもいいんじゃないか」
とりあえず思いついたことを言ってみるけど、実はどれもどうでもいい。そもそもあたしは大して恨んじゃいないし。
「そうですね。それではあなたの望むだけ、報酬を取らせてあげてもいいれすよ」
「望むだけ?望むだけって言ったか?」
流石にあたしは口をポカンと開けるしかない。どういうことなのか、逆に怪しすぎる。
「例えば100万ガメルとか……?」
「貴女がそれを望むのなら、それでも」
ニコニコしながら取り出した書類に気軽にG1000000と書くとこっちに投げてよこす。怖すぎてノータイムで破り捨てた。
「こっわ……え、お嬢ちゃん実はヤベーヤツ?」
「そんな、可愛い女の子に失礼ですよ?」
これはなんとしてでも切り抜けなきゃいけない。妥当な、地味な報酬を用意してもらってこの話題に触れるのをやめなければ。
あたしみたいな小市民に扱える人間じゃねえ。
なんとか頭をガンガン回して無事でいられる策を考える。
考えて、考えて……
「あたし、仕事が欲しいな〜〜なんて……」
妥協点、少しでも割りの良い冒険者の依頼が来れば財布も今後も潤うに違いない。そう思っただけなのに。
「それじゃあ、コールストン財団で貴女を雇うことにしやすね」
何を曲解したのか、とんでもない言葉が飛び出る。あのドワーフの言うことにゃ、コールストン財団ってのは物流の一流企業ってことだ。
あたしみたいな田舎者がそうそう入れる場所じゃない。
「えっ……えっ……?」
「実は冒険者活動を資金面で援助するパトロンとしての新しい事業を立ち上げようと思っていたところでして。その記念すべき第1号にガランゴロンさんを選ぼうと」
うまく頭の中に入って来ない。わかりにくい単語が多く羅列されてるのもあるけれど。何より信じ難いのは、あらかじめ用意されていた書類の数々だ。
つまりこのリーズ・コールストンというお嬢ちゃんは最初からあたしを冒険者として引き抜くためにここに呼んだってことだ。
この女の子誘導がえげつない、というかあたしがちょろいだけか?
「じゃあこの食事は就職祝いですね、おめでとうございますガランゴロンさん。故郷に錦を飾れますよ」
笑顔を崩さず言ってのけたリーズお嬢はちょうど料理を運んできたやたら背の低いウェイターから大きなパイを受け取って……そのウェイターもなんかおかしい。
小柄で、茶色い肌に白銀の頭髪。スーツ姿がやけに似合わない筋肉のないドワーフ。
「モールモール……?」
「ガランゴロン……君も社長に捕まったんだね……骨は拾うよ」
雰囲気からして飲食店バイトって感じでもない、ソイツはなにやら不満げな態度がまたスーツに似合わない。
「どうしたんだ?モールモール」
「僕はキミより先に退院したんだけどね……ついに生活費が足りなくなって命の次に大事な天秤を質入れすることになっちゃったんだ……そしたらそこの社長がね……」
「モールくん、ここではリーズさんとか、もっと砕けた呼び方でいいんですよ?」
「
「救済措置じゃないですかー、あんなに良い天秤を質屋に流すなんてとんでもありません。価値のわからない輩に転売されておしまいですよ」
つまり、返済金を一部免除する代わりに働かされてるってことか。悪い条件には聞こえないが。
「社長の破天荒な指示に振り回されるまではボクもそう思ってたよ」
どうやら精神的苦痛を伴う仕事らしい。
骨は拾ってやるよ。
心の中でラクシアの神に祈っていると、次の業務があるとかでさっさとどこかへ行ってしまった。
「わかりやすか?ガランゴロンさん」
どこか神妙な喋り口にさっさと切り替える。
「何が?」
「このハーヴェスだけじゃありやせん、このアルフレイム大陸には多くの搾取されるべきでない者達が搾取され、まためいめいの酷い目に遭っていやす」
確かに、モールモールの困窮ぶりは不思議に感じるところはあった。
社長からの報酬がまだだったにしても、命の次に大事なものを売り払うまで切迫していたのか?
「キルヒア神殿の内部調査をしやした」
「確かモールモールがレポートを売って報酬を貰っている組織だったな」
「ええ、ですが神殿内での彼の評価は驚くほどに貶められ、またレポートも安く買い叩かれていやした。キルヒア神の声が聞こえない、神官でない、ただそれだけの理由で」
なるほど、確かにありそうな話だ。
けど同時に、あたしの脳裏には遺跡で頼りになったあの小さなうさぎ好きのドワーフの姿が浮かんでいた。
彼は小憎たらしいけれど、知恵も、勇気もあった。
「ガランゴロンさんにしても、度胸も底力もある冒険者です。しかし貴女は辺境の出身で、仲間もいない。ただそれだけの理由で貴女に実入りの良い仕事が回ってこない」
自分の評価は分からない。あたしに金がないのは自分のせいだと思っていたから。
あのメイスみたいに、安売りされるだけのものだと思っていたから。
「私なら、貴女や、モールモールさんのためになれます」
じゃあ、あたしたちに手を差し伸べようとするこの子は一体何を思っているんだろう。そう思った。
「お嬢ちゃん、聞かせて欲しいんだけどさ」
これを言ったら、どんな顔をするだろう、とも思ってた。
「そりゃ何かい?あたし達に値札をつけたいってのかい?それとも同情かい?」
だから。
「いいえ、私はただあなたたちみたいな人達と一緒に戦いたい。そう思ったんです」
怯みもせずにそう答えられたあたしは、もう白旗を上げるしかなかった。
しっぽをゆらりと揺らす。
「あんた、誤解されやすいタイプだろ」
「知っていやす」
あたしの新しいボスは、済ました顔でそう言った。
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