第8話 鉄の行進

 ガリリ、ギゴゴ、と重苦しい音を立てて遺跡と一体化した砲塔が再び動きはじめた。

 あたしは盾を構えて用心しながら背後の仲間に合図を送ると、持ち上がった砲塔に弾が装填される音を聞いた。

 遺跡の湿気た空気を焦す三度目の轟音。

 少し遅れてあたしの盾に重い衝撃が伝わるけど、無理やり剛腕乙女の細腕でそいつの軌道を逸らした。

 すると破壊的な音を立てて数フィート先の地面が抉れる。

 今度はとんでもない衝撃に腕が吹き飛びそうになった。あまりの威力に盾からも異音がしてる気がする。


「呪文はまだかい!」


「ああもうあせらせないでください!前衛に当てないよう魔法撃つの初めてなんですから!」


 やっぱり仲間の選択ミスしたか、あんなヒョロガリに期待したあたしが馬鹿だったかもしれない。


「あの!魔法当たらないおまじないあるんですけど!語尾にぴょんってつけてくれないですか!」


「バカ言うなぴょん!」


 頭に攻撃をもらったつもりは無いのに頭が痛くなってきた。

 電撃魔法スパークに巻き込むな、と叫んだら今度は呪文詠唱のスピードが実践的じゃなくなる。どうやらそれが現実らしい。


「二連続スパーク無しで砲撃を受けるにゃ無理ある!巻き込んでもいいから次はあたしごと行けっ!」


 あの社長のお嬢ちゃんとドワーフの考えた対策がこれだ。砲撃の瞬間にスパークを流して砲台に誤作動を起こし威力を弱める……ってことらしい。

 欠点はあたしにもビリビリくるとこ。


「ほらガランゴロンさん!語尾にぴょんですよ!ぴょん!」


「社長はあたしで楽しんでるぴょんよねえ!?」


「ガランゴロンさんは可愛いうさぎ、ガランゴロンさんは可愛いうさぎ……やっぱ無理!その筋肉でうさぎは無理あるって!」


 ぶつぶつ言ってるドワーフは突然発狂した、訳わかんないしムカつく。

 ごとん、と鳴る砲塔の駆動音を聞き逃さなかったあたしは盾を構えて、スパークの合図を送る。


「スパークっ!」


 詠唱と共に発射された砲弾は盾に弾かれ、減速した無害な状態でごろろろと転がっていく。

 スパークのビリビリは厄介だけど、それよりも砲撃が弱まっている方がよっぽど立ち回りやすい。


 ガラン


 冷たい金属音が足元から聞こえる。

 盾を持った左手がやけに軽くなり、あたしが恐る恐る足元を確認すると鈍色に光る欠片が転がってた。

 ゾルバ・ウクタ魔盾のパーツがさっきの衝撃に耐えきれず、砕け散ったのを理解したあたしは頭の中が真っ白になった。


「なんで!魔剣でしょ!」


 それだけ声に出すのがやっとで、それも震えてたと思う。

 魔剣がいくら砲撃に晒されたからって壊れたなんて聞いたことないし、しかも盾だ。より防御に特化しているはずだろうに。

 あたしはこの世のあらゆる神を呪いかける。なんだこれは。


「どういうことだよ社長!」


「その魔剣は、まだ起動してないんです!だから現在魔剣としての機能は停止していやす。おそらくそこらの盾より少し強いくらいでしょう」


「スパーク!」


 モールモールの呪文で一気に現実に引き戻され、2割ほど欠けた魔盾でなんとか砲撃をガードすることに成功した。

 けど壊れかけの盾を反射的に使ってしまったせいで動きから精密さが失われまた一部が破損する。


「起動って……どうやるんだ!っていうかもうボロボロなんだけど!?」


「魔剣は伝説に描かれる通り、持ち主を選びやす。今の誰でも持てる状態は魔剣が休眠しているからと見て間違いないでしょう。今貴女は魔剣に試されているのです」


「試されてって……おい!魔剣!起きろ!起きて戦え!さもなくばお前もこのままスクラップだぞ!」


 試しに盾をガンガン叩いてみるけれど、うんともすんとも言わない。いくつかパーツの取れたボロボロの盾だ。


「次来やすよ!」


 スパークの電撃を受けながら、今度こそ丁寧に盾の角度を調整して砲弾の威力を殺す。

 それでも聞こえる金属のへこむような音が頼りない。あと何度こうすればいい、あとどれほど耐えればあたしはこの魔剣に認められるのか。

 下手に考えすぎて詰まった頭に鋭い悲鳴が刺さる。

 慌てて振り向いたら、ドワーフが血まみれで倒れていた。

 部屋にはいつのまにか3フィートほどの小型魔動機械が侵入していて、社長のお嬢ちゃんを庇って殴り倒されたのが見てわかる。

 いや、たぶんここの砲塔みたいに部屋に擬態していたんだろう。


「モールっ!お嬢ちゃん!」


 あたしは思わず駆け寄りかけるけど、その瞬間砲塔がゴトリと装填音を鳴らした。

 ここにきてペースアップかよ。

 続いて想定していた炸裂音、なんとか落ち着きを取り戻して盾を構えられてはいたけれどスパークでの妨害無しの発射だ。

 耐えられるはずもなく、ぼぎりと嫌な音が鳴った。乾いた音を立てて魔剣が放り出される。

 盾を握っていた左手はめちゃくちゃに捻り潰されてて、血をだらだら流していた。


「モールくん!しっかり!」


 背後じゃお嬢ちゃんがモールモールへの追撃を避けるために必死になって引きずって移動してる。

 どうするか、あたしは考える間も無く動く。


 あたしはどうしようもなく馬鹿で、世間知らずだから。これが正解だなんて分からない。

 けど、思ったままに跳び上がったあたしは尻尾で薙ぎ払って小型魔動機械のバランスを崩すと、蹴り飛ばして動きを止めることに成功した。


 鉄を蹴った痛みに留まるわけにもいかず、リーズ社長とモールモールを庇うようにして立った。


「お嬢ちゃん!モールは!」


「放置しておけば命に関わりやす。一刻も早く魔剣を起動しないと……!」


 魔剣までは……しまった、遠い。少なくとも一息じゃ取りに行けない場所にある。

 そして装填速度の上がった砲塔が再びごとりと音を立てる。

 覚悟を決めて、身構える。

 大丈夫、スパークだって何度も耐えたあたしの体だ。これくらい一発なら……。


「ガランゴロンさん……!」


 あたしの決心を察した社長が声を震わせた瞬間。砲塔が。


 火を放った。



 耳鳴りがすごい。鼓膜も破れたからか近くの音も遠く聞こえる。

 あたしの肩から尻尾にかけて描かれた柔肌ウロコだらけのカーブは硬質を削られ、肉を削がれ、それでもなんとか砲弾の向きを変えて直撃を避けさせた。

 もちろん体はボロボロで、全身が熱いんだか冷たいんだかわかりゃしない。

 震える視界の端小型魔動機械が起き上がり、ハンマーを振ろうと動き始めている。

 少しすれば砲塔の次弾も来る。もうすぐ終わっちまう。


 そんな危機的状況でも、頭に突き刺さる声があたしを覚醒させてくれてた。


「ガランゴロンさん!生きてやすよね!聞こえていやすか!」


 何かが徐々に発光を始めるのが見える、気がする。


「魔剣が起動しやした!我々の勝利です!あとは私の言う通りに唱えてくらさい!」


 お嬢ちゃんの声が頭の中で響いてうるさい。けど最後の気力を尽くしてなんとか口を動かした。


『あたしは』


 魔動機械が近づく。


『魔剣ゾルバ・ウクタの』


 血の匂い、クラクラする。


『所有権を永久に放棄する』


 あたしの意識が真っ白に塗りつぶされるのとほぼ同時にとんでもない炸裂音が響いて、砲塔も、魔動機械も、リーズのお嬢ちゃんもモールモールも、真っ白の中消えていった。


 そうして気がついたらあたしは、ハーヴェスの治療院で目を覚ましていた。

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