Re:birth-4

 パパとは駅で別れて、わたしは改札を通らずホームで芹沢に電話をかけた。


「もしもし? いまどこにいる?」


 きょうすぐに繋がらなかったら、一生その気にならなかったと思う。


 メールで送られてきた住所を手に、タクシーで芹沢の家に向かった。


 指示通りにマンションのセキュリティロックを解除し、インターフォンを鳴らした。自分の家は結構広いと思っていたけれどそれ以上だった。


「パパと会ってきた」


「そっか」


「それで、なんか、会いたくなった。別に、きょうのこと話したくないんだけどさ」


「うん。いいよ。話さなくて」


 芹沢がわたしの肩を抱いた。わたしのほうから彼にキスをした。それに応じて彼がゆっくりとわたしを押し倒した。キスをしながら、ここでやめてと言えば、やめてくれるだろうかなんて考えていた。はじめてのキスの味は淡泊だった。そして、こういうことって誰かにやりかたを教わらなくてもなんとかなる。いつも、向かい側で見ていた芹沢の体はただの細いひとだと思っていたのに、重ねてみると筋肉や骨の重みがあった。


 ママがわたしのことを見ている気がした。あの日、わたしがママとパパが混ざり合うのを見ていたみたいに。


 子どもの頃は大人になっても絶対セックスなんてしないと思っていたのに好きなひとと繋がる手段としてこれを選んでしまった。


 自分の体が欠けているのがずっと不思議だった。欠けた部分には穴があって、その穴はずっと続くのか行き止まりがあるのか一人では確かめることができなかった。


 あの日、ママが執拗に求めていた姿はいつでも簡単に思い出すことができた。


 彼の、わたしと違う形をした長い性器がわたしの中に入り込んで来て、そこに行き止まりがあるのだと知った。だけど。形のないこころの繋がりみたいなものを感じることができた。たとえそれが幻想だとしても、ひとはその幻想を何度も見たいのだと思う。


 ママは、あんなに喘いでずっとパパのことを捕まえていたかったんだろう。その気持ちもいまならわかる。好きなひとなんて閉じ込めて、誰にも見せたくない。


 痛くてつらくて、ママみたいに喘ぐことはできなかった。でも、わたしもママと違う唇で声に出してみた。


「どこにもいかないで」


 彼は、笑った。いままで見たことがないくらい深い笑みを浮かべた。笑うだけでその後の答えはくれなかった。


 永遠なんてきっと約束できない。それでも、パパは、ママに約束をしてくれた。でも、ママは信じ切れなかった。ママの中でパパはどこへ行ってしまったのだろう。パパの気持ちはいつだってママのところにあったのに。


 彼は、わたしに何の約束もしない。それは、きっとお互いが辛くなるから。


 芹沢のことを少し誠実だと思ってしまった。愛してみたいと思った。


 わたしに乗り移っていたママが、ゆらりとわたしの中から姿を消した。


 翌朝、下半身の痛みと、激しい頭痛があって、窓の外から差し込む陽射しがあまりにも柔らかくて少し泣いた。


 ママを失ったあの日からずっと、形にならなかったものがようやく形を成したような気がする。


 隣に眠る愛しいひとの顔を眺めながらずっと暗かった自分の中の色彩がはっきりとした。


 芹沢が目を醒ましておはようよりも先に「好きだよ」と言ったから、わたしは声をあげて泣いた。


 彼が、どこかに行ったら諦めよう。でも、彼がどこにも行かないように努力しよう。どっかに行って帰ってきたら受け止めよう。彼の一番好きなひとであり続けたかったけれど固執して狂いたくはなかった。


 さよならママ。そういうひとにわたしは、なりたかった。


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