同棲する恋人同士の日常の一コマを切り取った掌編ですが、主人公の繊細な感情の揺れが随所ににじみ出ていて、生活の閉塞感や小さな葛藤が非常にリアルに伝わってきました。
自分からの思いの温度と相手から感じ取る温度にどうしても隔たりを感じることは、二人の人間が一緒に暮らすとき、避けがたいことなのかも知れません。この主人公のように一人で思い詰めると、ますますその温度差に物足りなさを感じるのは仕方のないことでしょう。
でも相手にもその人なりの温度があり、それがものの見方や価値観にも繋がっているものだと思います。「彼」の温度は冷たいのではなく、べつの考え方をもっているだけ。このふたつの違う温度が溶け合い、少しずつ分かりあっていくことで、ふたりの人間が人生を共にするという本当の関係ができるのかも知れません。
読み終わったときにタイトルの意味が分かるような気がしました。あたたかく静かな余韻が残る短編でした。