第2話 拝啓、お父様

『拝啓、親愛なるお父様。私が森聖ユグドラシル学園へ転入してから、もう一週間が経ちました。人間界とエルフ界ではいろいろと勝手も違いますが、毎日少しずつ学園の所作にも慣れてきたように思います。この学園で、私には三人の友エルフが出来ました』 


 エルフ部の部室でマナは父へ送る近況を伝える手紙を書いていた。

「おや、手紙かい?」

「あっ、カグヤさん」


『彼女はカグヤさん。吸い込まれそうな黒い瞳と、美しい黒髪のバンブーエルフです。人間界では一口にエルフと呼びますが、実際には一族一種族と呼んでもいいほどに多様なエルフがいるそうです。その中でもカグヤさんは、バンブーエルフと呼ばれる竹林に住むエルフなのだそうです』


「手紙!?面白そう!私もかきたーい!」


『彼女はショウコさん。彼女はちょっと特別な事情のあるエルフで、自分のことをよくわかっていないそうなのです。心無いエルフはそんな彼女をクソバカエルフなんて呼んだりするそうですが、ショウコさんはむしろその呼び名を気に入ってしまい、自分から名乗るのでよくカグヤさんに窘められています。とても背が高くて、明るくて、元気ないい子です』


「モイちゃん!お手紙かくね!」

「目の前で書くの?まあ好きにすゆといいの。もくもく」


『彼女はモイさん。彼女はとても珍しいポテサラエルフという種族のエルフです。大人になっても身長は100cmにもならず、また代謝もいいので常に何かを食べていないといけないそうなのです。特に好んでポテトサラダをいつも食べています。エルフ部には彼女のためのポテト畑もあったりします。普段はなにかとショウコさんの面倒を見てあげていて、なんだか小さいのにお姉さんみたいだと思います』


「ご家族に宛てた手紙かい?」

「ええ、もう一週間も経ちますもの。心配ない事を伝えようと思いまして」


『彼女たちはわたくしの耳のことも全く気にせず接してくれます。そんな彼女たちは、エルフ部という課外活動を行っています。わたくしも先日、その部の仲間になりました。エルフ部とは――』


 部室の扉がガラガラと音を立てて開く。そこには日に焼けた健康的な肌色のエルフが立っていた。

「ハーイ!!みんな元気にしてたかナ~!みんなのココ先生のお帰りだヨ~!」

「わー!ココちゃん先生久しぶり~!」

 ショウコの長身が素早く躍りかかる。褐色エルフは慣れているのか、上手に衝撃を殺しながらくるくると回転しショウコを受け止めるのだった。


「ワーオ!やっぱりこれだヨ~!学園に帰ってきた甲斐があるネ!」

 そのままショウコの頭を撫でる褐色エルフだったが、やがてマナの存在に気が付いたようだった。

「おや、そこの彼女はひょっとして」

「やあ先生、紹介するよ、彼女はエルフ部の新入部員のマナ」

「は、初めまして。マナです」


「ワーオ!新入部員!?びっくりネ!アタシはパームエルフのココ、この部のいわゆる顧問の先生だヨ!」

「顧問の先生でいらしたのですね。よろしくお願いいたしますわ。あら、でも……」

 マナはふと疑問に思った。学園に来て一週間、確かに巨大な学園ではあるが、こんなにも騒がしい先生を一度も見たことが無かったからだ。


「ココちゃん先生は普段は学園にいないの。世界中を飛び回って怪ちげな呪物を蒐集してる変人なの。もくもく」

「私、ココちゃん先生の授業だーい好き!いっつも自習だもん!」

「ワーオ、教師として複雑な好意ネ~」

 ココは大げさに涙を流しながらショウコを撫でている。


「学園にお戻りということは、何か収穫があったのですね?」

「もうバッチリネ!学園長も目をまん丸にしてたヨ~」

「学園長の目、開いてるところ見たことないの、ココちゃん先生は適当言ってゆの。もくもく」

「モ~比喩だヨ~。ほら、ショウコ。お土産のココナッツネ」


 ココは胸元をごそごそ探ると巨大なココナッツを取り出した。

「わーい!お土産だ~!」

 ココナッツを受け取ったショウコはようやくココを解放すると、堅いココナッツの実を割ろうとガンガンと床に叩きつけ始めた。

「みんなの分もあるネ!マナも、はいどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 受け取りはしたものの、こんなものをどうすればいいのだろうか。ショウコはすでにココナッツにヒビを入れ、流れ出るココナッツミルクをごくごくと飲んでいた。

「マナ、貸ちて」

「モイさん?」

 モイはマナからココナッツを受け取ると、分解魔法でココナッツの外皮を溶かしてしまった。そこにストローを挿す。

「はい」


「ワーオ!モイもすっかりお姉さんネ!」

 そう言いながらココはバリバリとココナッツの外皮を噛みちぎっている。

「なんですのそれは!?」

「パームエルフの主食はココナッツネ!健康な歯の成せる業だヨ~」

「本当に色んなエルフがいるものですわね……」


 バリ、と背後で音がした。マナが振り返ると、そこには優雅にストローでココナッツミルクを堪能するカグヤの姿があった。

 ……ココナッツに空いている穴が、どうにも歯型のように見えるのは気のせいだろうか。

「それじゃみんな、食べ終わったらお仕事お願いしよっかナ」


「げ、ちまったの、ココちゃん先生が面倒ごとをもってきたの」

 モイがしまったという顔になる。

「先生、危険度は?」

 カグヤがココナッツを置き、問う。

「ん~……4!」

「まあまあなの」


 カグヤは少し思案し、マナをちらりと見た。

「今回は、マナには見学しておいてもらおうか」

「私はココナッツの分頑張るぞ~!」

「ちかたないの、食べた分働くの」

 マナはまだ事態が飲み込めず困惑する。


「あの、お仕事とは?」

「このエルフ部のもう一つの顔、つまり……この学園のなんでも屋さ」

 カグヤはいたずらっぽく笑いながら、濡れた口元をハンカチでぬぐった。




 ―――――――――――――――――――――――――――――




「今日のお仕事は、簡単に言っちゃえばバトル系ネ!」

「ココちゃん先生のお事、基本バトゆ系なの」

「堅い事言わない!先生はバトルは苦手なの!」

「それで先生、目標は?」

「目標は暴れ火ネズミの鎮圧だヨ」


 エルフ部の面々はジャージ姿に着替え、学園の裏庭へと訪れていた。カグヤ、ショウコ、モイの三人は入念に柔軟運動を行いながらココの説明を聞いている。マナはココの背後で見学、ということになっていた。

「暴れ火ネズミ?火ネズミは本来大人ちい生き物なの、ココちゃん先生が怒らせたの」

「えー!?ココちゃん先生悪い事しちゃったの?一緒に謝ろ?」


「違うヨ!見つけた時から暴れてたんだヨ!」

 大げさに首を振るココ。

「では原因は?」

「うん、どうも魔力増幅の指輪を飲み込んだみたいなんだよネ、それで捕獲まではやったんだけど……アタシだとちょっと倒せないかナ~って」

「学園まで連れ帰ったのですね」

「そだネ!」

 ココは力強く親指を立てて見せた。


「いい感じに弱らせれば指輪を吐くと思うから、みんないつものように頑張ってみてネ!」

「簡単にいうの」

「私たちなら簡単だよ~!」

「ショウコ、油断だけはしちゃあ駄目だよ、エルフ部のモットーは?」

 カグヤが手を差し伸べ問いかける。モイとショウコはそこに手を重ねると、声をそろえた。

「「「!!!」」」


「いいネ!青春だネ!じゃあみんな、行っくヨ~!!」

 ココは胸元をごそごそと探ると、炊飯ジャーを取り出した。強力な封印魔術が仕掛けられている。ココは思い切りカグヤたちの方向へ投げつけた。

「皆さん!どうかお気をつけて!」

「はーい!」

 ショウコが元気よく返事をしつつ、投げつけられた炊飯ジャーを空高く蹴り上げた。


「キシャアーッ!!」

 空中で炊飯ジャーの封印が壊れると、中から現れたのは3メートルはあろうかという巨大なネズミであった。両の目からは黄色い火炎が迸り、激しい怒りに猛っていた。

「行くよ、竹魔法・破竹の勢い」

 カグヤが魔力を込めた腕を大地にかざすと、次々に地面から竹槍が飛び出し、ミサイルのごとく暴れ火ネズミに向かっていく。


「キシャアーッ!!」

 だが次の瞬間火ネズミの両の目から黄色い火炎が噴出し、瞬く間に竹槍を燃やし尽くしてしまう。

「これはこれは」

「何が危険度4なの!6はあゆの!分解魔法!」

 モイが素早く分解魔法を地面に展開する。地面に着地した途端に火ネズミはぐずぐずのぬかるみに足を取られてしまった。


「キシャアーッ!!」

 だが次の瞬間、火ネズミは狂ったように暴れだし、見境なく両目から火炎を迸らせる。

「わわわ!これじゃ近づけないよー!」

 ショウコが慌てて飛びのく。打ち出される火炎の勢いはとてもではないが近づけるようなものでは無かった。

「さて、火をどうしたものか……」

 カグヤは少しだけ思案し、新たな竹を次々と生やすとそれを魔力で編み上げていく。


 火ネズミがぬかるみの地面を徐々に抜けだそうとしている。一歩、そしてまた一歩と歩み続ける火ネズミ。その眼前に、巨大な竹の切り口が突き付けられた。

「ギギ……」

 竹はぶるぶると振動を繰り返している。何か巨大なものが迫ってきている。

「さあ、君の火と、私の水の勝負だ」

 天に掲げた腕を、カグヤは火ネズミへと振るった。


「竹魔法・流素麺」


 濁流が、麺を含んだ濁流が流れ込んでくる。天に開いた大穴から滾々と湧き出る素麺の波が巨大な竹の管を伝い、燃え盛る火ネズミに襲い掛かる!

「ギャ…シャアーッ!」

 麺の濁流と火ネズミの狂炎が激しくぶつかり合う。爆発的な水蒸気の熱風と、素麺の焦げる香ばしい匂いが辺りに広がる!


「ギャ……」

 やがて火ネズミの炎の勢いは弱まり、濁流に飲み込まれていく。

「ショウコ!」

「がってーーん!」

 火の勢いが無くなった機を見計らい、ショウコが飛び出す。

「ショウコ・キーーック!」

 水の勢いに悶える火ネズミの腹にショウコの飛び蹴りが突き刺さる!


「シャッパアー!」

 火ネズミは悲鳴と共に何かを吐き出すと、それっきり嘘のようにおとなしくなってしまった。

 カランカランと音を立てて、マナの足元にそれは転がってきた。指輪だ。

「なかなかの相手だったの」

「ふう、さすがに疲れたね」

「ネズミさん、もう暴れちゃダメだよ!」

 エルフ部の三人はすっかり大人しくなった火ネズミを囲み、勝利を喜んでいた。


「これが……魔力増幅の指輪……」

 マナは、指輪にくぎ付けになっていた。この指輪があれば、もしかするとハーフエルフの自分にも、みんなのように魔法が使えるようになるかもしれない。

「今日みたいに、みんなを見てるだけの私は……」

 指輪にマナの手が伸びようとしていたその時、ココがひょいと先に指輪を拾い上げた。


「これは、今見たように、とっても危険な指輪ネ。先生としては、この指輪を大事な生徒の手の届かないところに保管しないといけません」

「あっ」

 ココは胸元にそっと指輪をしまう。マナは、何も言えずに立ちすくむばかりだった。

「先生ね、貴女の気持ちもちょっぴり分かるかな。あの子たちみたいに、沢山強い魔法を使えるわけじゃないし、大事な生徒たちに危険なことをさせちゃってる。時々悔しいネ」


「先生……」

「でもエルフ生は長いヨ、貴女なんて私よりずーっと長い時間、頑張れるネ。ゆっくり、じっくり、やっていこうヨ」

 ココはまっすぐにマナの目を見て、語り掛ける。

「おーい!マナ!」

 遠くからは火ネズミに跨り大はしゃぎするショウコや、それを見て楽しそうに笑うカグヤとモイの声が聞こえてくる。

「ハーイ!みんな、早く帰ってくるネ~!」

 夕日に照らされる三人の姿が眩しすぎて、マナは目を反らすのだった。




 ―――――――――――――――――――――――――――――




『エルフ部の活動は、とても刺激的で、初めに思ってたエルフの世界とは少し違っていました。きっと、この学園で、わたくしも立派なエルフになって見せます。その日まで、少しの間、待っていてください 親愛なるお父様へ マナ』


 マナはしたためた手紙を手に、ポストの前で立ち止まる。少しだけ迷った彼女だが、意を決して手紙をポストへ投げ入れた。

 木製のポストがガタガタと揺れ、屋根に乗る藁が風に舞った。

 ポストの頭上、巨木の小屋の中から単眼の巨人が金を鳴らすと、どこからともなく烏が集まり、投函された郵便物を運んでゆく。

 マナの手紙もまた、烏によって空へと消えていった。


「行ってしまったね」

 ポストの場所まで案内してくれたカグヤが、風に靡く黒髪を抑えながら呟いた。

「ええ……」

「風邪をひいてはいけない、行こう」

 カグヤが促すが、マナは烏が見えなくなるまで空を見つめていた。

(きっとこの学園で、いつかカグヤさんたちと肩を並べて、立派なエルフとして一人前になれる日が来るのでしょうか……でも……)


「そのいつかは……わたくしには……遠すぎるのです、お父様……」




 ――――――――――――――――――――――――――




 暗い執務室に、コンコンとノックの音が響いた。

「なんだ」

 神経質そうな男が不機嫌な声を上げた。

「旦那様、お嬢様からのお手紙が届いておりますよ」

 老執事が盆の上に恭しく乗せているのは、マナが父へとしたためたあの手紙であった。

「どうかお嬢様の近況をお確かめになってくださいませ」

 老執事はマナの父の背に語り掛ける、しかし。


「必要ない、下げたまえ」

 マナの父は何の感情も示さず、冷たく言い放った。

「ですが……いえ、かしこまりました」

 老執事はそれ以上何も言えず退室する。

「お労しや、お嬢様……」

 執務室から遠く離れ、一人薄暗い廊下で彼は悲し気に呟くことしかできなかった。

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森聖ユグドラシル学園エルフ部! じょう @jou-jou

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