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 事の発端は2018年にさかのぼる。世間でも話題になっていた出来事とのひとつとして、百舌鳥古市古墳群の世界遺産登録を目指した、宮内庁と行政の共同調査があげられる。古墳群のなかでも、日本最大の大仙古墳の調査は、歴史学者の興味を集めていた。

 大仙古墳といえば、宮内庁により管理されており、国の機関といえおいそれと調査できなかった。しかし、世界遺産として登録を目指すにあたって、皇室用財産である大仙古墳は、ユネスコの世界遺産の登録条件を満たしていないことが問題となる。イコモスの調査団を迎える必要もあり、古墳群の保護管理のためにも詳細な調査が行われることになったのだ。

 2018年といえば、ぼくは大学受験に手一杯であり、時事問題の一環ぐらいにしか捉えていなかった。大阪府民でもなく、テレビのニュースも聞き流す程度だった。宮内庁や文化遺産の界隈では大きなニュースだったのだろうけど、ほとんどの日本人がぼくと同じような気持だったと思う。最近はなんでもかんでも、世界遺産にしすぎだろ、とかいう。そのうち地球の表面全てが文化遺産なり自然遺産なりで覆い尽くされ、自分の家も建てられなくなって窒息するのだ。世界遺産の数を、オリンピックのメダル数のように国同士で競い合っている節さえ感じられる。

 そんな調子だったぼくらも目を見張る事件が起きた。

 ニュースに『大仙古墳の発掘調査から、世紀の大発見』と、見出しが躍る。

 発掘調査が始まって一ヶ月、日本史上もっとも大きな謎のひとつが解明された。

 大仙古墳は雨風で露出した埋葬施設が発見されており、明治期には前方部分から石棺が発掘されている。今回の調査では後円部と地下にある施設の発掘調査が主な目的であった。

 この古墳は縦横の規模もさることながら、深い堀に囲まれており、堀の深さも含めると膨大な体積を持つといえる。実は堀が深いだけなのかと言われると、そういうわけでもない。

 発掘調査から、古墳の地下は二層に分かれて施設がつくられていることが判明したのだ。層の変わり目からは埴輪の欠片などが発見され、三世紀中ごろのものではないかと推測された。これは五世紀ごろと推定される大仙古墳の造成年代と明らかに異なるもの。

 古墳のなかに、もうひとつ古墳がある。

 大仙古墳は一度造られた古墳の上に、覆いかぶせるように造られた二重の古墳だったのだ。 

 この発見に世間は大騒ぎとなり、世界遺産認定どころではなくなっていた。

 世間の話題をさらいながら行われたさらなる発掘で、埋められた古墳のなかから女性のミイラを納めた竪穴式石室が掘り出された。さらに石室より下の土からは、大量の人骨。日本は酸性土壌で人骨は比較的残りにくいと言われておりながらも、消しきれないほどの人骨。およそ百人分。そう、まさしく中国の歴史書通りの発見。

 三世紀、つまり弥生時代の終わりから古墳時代の初めにあたる時期。

 歴史に興味のないぼくにも、断片的な情報だけで思い当たるものがあった。

 邪馬台国の女王卑弥呼。特定されなかった邪馬台国の位置が明らかになったと、日本を揺るがす大発見に歴史の教科書は書き換えられた。

 歴史的な大発見を前に、難色を示したのは宮内庁である。何しろ発見された場所が場所。天皇陵の真下からでてきたのだ。明らかに人為的に、そう過去の権威を塗り替えるように、巨大な陵墓を建設しているのだ。

 なにやら非常にまずそうだ。

 それを感じ取ったのはぼくだけではないらしく、日本全体がどこか張りつめた空気感を持つことになった。物議をかもす以前に、アンタッチャブルな雰囲気が漂う。しかし、それをものともしない、よくも悪くも空気を読まない連中がいた。科学者と呼ばれる連中である。

 推定卑弥呼とされる女性のミイラは非常に保存状態がよく、MRIなどでの科学的分析から彼女の脳を疑似的に再建できると発表したのだ。

 もう推測などではなく、直接話を聞いてしまおう、と。

 サルベージされた脳のデータと、疑似人格AIを用いて、過去の人間を復活させる計画が持ち上がったのである。内外から批判が飛び交ったが、その批判自体が追い風となり、日本全国はもとより、偉人の再現に興味のある海外からも資金と技術が集められた。

 かくして一大プロジェクトとなった『卑弥呼』の復活祭は、時代の流れも取り入れることになり、ヴァーチャルアイドルとしての『HIMIKO』を産み落とすことになったのである。

 『HIMIKO』の脳の実体は、どこかのサーバーの中に凝縮された電気信号の往来するプログラムである。それは複製脳と呼ばれ、人間の脳神経細胞を、その機能もろとも完全に再現したものである。これは脳内をくまなくスキャンできる死者ならではの試みといえた。

 卑弥呼は死後1700年以上経過しているので、状態のいいミイラといえど、欠損は免れておらず、再現した脳にも欠落が見られた。なによりも懸念されたのは、再現した人格が蘇生に耐えうるのか、という点だった。

 卑弥呼は神が存在していた時代の人間である。突然、宇宙人のただ中に放り込まれるような状況で生き返ったら、気が狂わないほうがおかしい。

 実際に卑弥呼の人格を再現するにあたり、どのような過程を経たのか知る由もない。プレ発表の段階では、再現された顔の3Dモデルも彼女の死亡年齢に合わせた姿であったし、受け答えにも制限があり、どこぞのケータイ会社が作ったパーソナルロボットを彷彿とさせる出来栄えだった。クラウドファンディングで数十億という資金が集まった割に、肩透かしの出来と言わざるを得なかった。

 そこから数か月後、2019年の3月5日。

 とある動画投稿サイトに突如として現れたひとりのヴァーチャルアイドルに、世界が震撼した。

 そこにいたのは間違いなく、ひとりの人間だった。

 リリースされたはいいものの、クオリティが低すぎて糞ゲー認定されたゲームがブラッシュアップされた結果、別物として生まれ変わったようなものだ。

 数か月のうちになにが起こったのか。ぼくはネットに浮かんでいる情報を漁りまくった。研究に関わっていた大学の情報を漁り、掲示板の噂を足がかりにソースを辿ったり。

 まず脳の解析が進み、忠実に再現した脳から、情報を引き出せるようになったこと。記憶情報はもちろんのこと、言語、身体の履歴、果ては魂と呼ばれる存在にまで抽出された。死者であり人権が存在しない、完全な研究素体という脳は、人間の脳に対する研究を飛躍的に向上させたらしい。魂はこれこれ、こういうニューロン同士が、こういう種類の信号をやりとりするときに生まれる、こういう反応の蓄積ですよ、というのが丸裸になったと言われている。

 次には身体の再現だ。死んだ当時の再現は早い段階でイラストや3Dモデルが作成されていたのだが、より詳細な解析の結果、持病や病歴、身体的な癖、栄養状態が判明していった。三世紀ごろの具体的な人間の生活というものが分かってきたらしい。ついには、若いときの予想身体のモデルを再現するに至った。

 このままであれば研究の結果が論文になり、博物館で大仙古墳の案内用AIに利用されるぐらいであっただろう。倫理的な問題もあり、すでに死亡したとはいえ、人間を蘇らせる行為への忌避感があったのだ。一種のタブーとなっていたらしい。

 そこに、民間企業の商業的な思考が介入してきた。

 スポンサーとしてついたのが、新進気鋭のインターネット上で活躍するアイドルの事務所という異例の事態。この企業によりひとつの進言がなされたのだ。

「アイドルに興味はありませんか?」

 名刺と共に差し伸べられる手。その光景がありありと浮かんでくる話だ。思考回路がぶっ飛んでいるとしか思えない。そして、何故かその案が採用されることになった。

 ぼくらのヴァーチャルアイドル、『HIMIKO』が誕生した。

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