ぼくのアイドルよ、思念波によせて
志村麦穂
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「世界の終わりまであと7日になりました」
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターがぼくらの運命を再確認させる。
2022年、世界は終わる。2月27日の時計は、3月5日の期日にむかって動き出した。
画面が切り替わり、とあるヴァーチャルアイドルの配信映像が映し出される。アイドルの姿を背景に、キャスターの解説が差し込まれる。
「先月、人工衛星と世界第一位の量子コンピュータ那由他を用いた予言機構である『思兼』より、世界滅亡の予言が発表されました。予言に関して、依然『思兼』は沈黙を続けています」
彼女が引退してからひと月が経とうとしている。
そうか、もう彼女の予言が実現するのか。
ぼくは壁に掛けられた彼女のポスターを祈る様に見上げる。わざわざ神棚を配置する場所を調べて、正しい方角に安置した彼女の偶像。
またいつものように、彼女が予言を聞かせてくれるのではないかと耳を澄ませた。彼女がぼくたちに陽だまりの暖かさで語りかけてくれるのを待った。しかし、待てど暮らせど彼女の声は聞こえてこない。
当然だ、彼女はもうアイドルを引退してしまったのだから。骨伝導のイヤホンを通して、彼女の思念波を受け取ることはもうできないのだ。
ニュースでは、予言に先んじて終末を実現させようとする信者による破壊活動を悲観的に報道した。
「世界はもう終わり始めているのかもしれません」
キャスターは番組の途中で崩れ落ち、彼女の名を叫び始めた。
ぼくは見ていられなくなってテレビを消す。動画共有サイトを開いて、彼女のチャンネルを呼び出す。
世界中のファンの熱い要望に応えて、配信された動画は消されずに残されたままになっている。彼女が引退した現在も、過去の配信動画はトップの再生数を誇っている。
電撃的にデビューして駆け抜けた2年と11か月。彼女は世界中の人々に愛されて、名実共にトップアイドルに駆けあがった。残された彼女の配信動画のすべてが輝かしいスターダムへの軌跡。その最初の一歩に当たるデビュー配信の動画を再生する。
CGで作られたアニメ調の女の子の3Dモデルが登場する。日に焼けた色黒の肌の、素朴な田舎少女といった風体の子。整った顔立ちはしているものの、垢ぬけない芋っぽさが中学生のようにもみえる。それに反して目を引くのが、金色の冠と勾玉の首飾り。彼女がどこの誰なのかを示す証のひとつ。
動画が始まって、最初の数十秒間はマイクがミュートになっており、一生懸命に声をあげる無音の姿が写し出されている。配信慣れしていない様子がありありとうかがえる。ヴァーチャルアイドルの初配信における恒例行事ともいえる場面だが、これは彼女という存在の技術面における扱いの難しさを物語っている。
史上初の試みで周囲もあたふたとしている様子が彼女の視線からも読み取れる。
「うぉ、ぱ、ゆう、おずぃま、す」
最初の一言。独特の訛りをもった彼女のことば。
彼女はがんばって覚えた最初の挨拶を口にする。
同じ日本列島で産まれた日本人であるはずなのに、ぼくらとは異なる人間であることが思い知らされる。この上古訛りが聞けるのも、配信したての数回までのこと。恥ずかしがり屋で努力家の彼女は、現代標準語はおろか、中国語から英語まで、年内に習得してしまったのだ。
「ぴ、まぃ、こ。わたすぃ、ぴまぃこ」
ぼくらの元に舞い降りた。否、蘇ったアイドルの名はヒミコ。
日本の国民なら誰でも知っている、日本古代でもっとも有名な人間のひとり。
邪馬台国の女王卑弥呼。紛れもない、そのひとだ。
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