友人を閉じ込めて孤立させていた男に報いを受けさせます。婚約破棄が待っているので、現実を見て真っ白な灰にならないように注意してください
仲仁へび(旧:離久)
第1話
その世界では、悪霊が平然とそこらを漂っている世界だった。
だから、霊力を持ったお払い師なる存在が重宝されていた。
その世界に住む子供達は夜な夜な親から、悪霊についての話を言い聞かせられる。
「怪しい人間に近づいてはいけないよ」
「怪しい人間に心を許してはいけないよ」
「怪しい人間」とは何とも曖昧な言い方だったが、お払い師でもない一般人には見分け方が分からない。悪霊は普通の人に化けるから。
だから「できるだけ気を付ける」ことくらいしかできなかったのだ。
私も親からそんなような事を散々言われてきた。
「悪霊は生きている人間を弱らせて、がーっと食べてしまうんだぞ」
「だから変な人には近づいちゃだめだからね」
私は、両親に「そんな人間には絶対騙されないわ」と言った。
だって、私にはお払い師になる才能があったからだ。
何も知らない一般人ならばともかく、霊力を持っている私なら悪霊が分かるのだ。
だから、私は悪霊を見かけても近寄らないようにした。
お払い師の力はあるけれど、私は怖いものが苦手だったから。
だから、できるだけ関わりをさけていたのだが。
けれど、友人が被害に遭ってしまったのだ。
「あんな生活、もういやなの。ずっと私を監視して、部屋にとじこめてくるの! 私、あの人を婚約者だなんて思えないわ! お父様もお母様も祝福してくれた婚約だったのに、どうしてこんな事に!」
ある日、錯乱した友人が、私の家を訪ねてきた。
数か月前から交流がぱったりと途絶えてしまっていたので、心配していたのだ。
しかしそれは、婚約者の家に閉じ込められていたからだそうだ。
「あの男は四六時中私の近くにいて、私を見張っているのよ。私、気味が悪くて、それで体調を崩してしまったわ」
心と体の健康をそこなってしまった彼女は、今までずっと脱出できなかったらしい。
だが昔の私が、お払い師の本を見ながら作り上げたあげた、水晶のお守りを身に着けるようになってからは、少し回復したらしい。
それで、力を振り絞ってその婚約者の元から逃げてきたのだとか。
「私、あんな男から逃げたい! 私の気持ちを踏みにじった男とは、婚約を解消してやりたい! でも、どうすればいいの!?」
私は思い当たる節があった。
彼女にあげたお守りが効力を発揮したという事は、その婚約者の男は悪霊である可能性が高い。
だから、お払い師である私が直接相対して、力を発揮すれば除霊できるかもしれなかった。
でも、危険がある。
除霊に失敗した場合は、悪霊にとりつかれて殺されてしまう可能性があった。
だから、私は協力を言い出せなかった。
「ねぇ、私達友達よね。お願い、助けて。ここでかくまって」
結局勇気を出せなかった私は、友人を自分の家にかくまう事しかできなかった。
数日後、友人の婚約者が私の家まで尋ねて来た。
「僕の婚約者が行方不明なんです、どこに行ったのか知らないでしょうか?」
「いいえ、知りませんわ」
悪霊はできるだけ生者の近くにいなければならない。
生者が発する生気を吸収して活動するからだ。
だから、獲物である人間が逃げ出してしまったら困ってしまうのだろう。
憔悴した様子で、捜索の現状を説明してきた。
「彼女をみかけたら、連絡してくれませんか、どうかお願いします」
「分かりました。だから早く帰ってください」
私は恐ろしくなって、彼を乱暴に追い返した。
その後、客室にいるはずの友人の元に向かったが、彼女はいなかった。
男が来たから、部屋を出ないように言っておいたのだが。どこに行ったのだろう。
部屋の中を見回してみる。すると、何かがテーブルの上においてあった。
彼女はいなかったが、置き手紙があった。
「いままで、迷惑をかけてごめんなさい。これ以上この家にいると、貴方にまで危害が加わってしまうかもしれないわ。だからここを出る事にします。心配しないでください」
私は、すぐに屋敷を出て彼女を探す事にした。
幸いにも、友人は遠くへ行っていなかったようだ。
すぐに見つけ出す事ができた。
安堵の想いで泣きながら彼女を抱きしめて、戻るように説得した。
私は、同じように泣きながら抱きしめ合った友人を見て、決意した。
あの悪霊に立ち向かおうと。
男の屋敷に乗り込んだ私は、「貴方が探している女性の行方を知っているわ」と述べた。
男は忙しそうにしていたけれど、私の言葉を聞いてすぐに面会してくれるようだった。
応接室で待つ間、私は何度も家に帰りたくなった。
でも、友人の事を思い出して、一生懸命我慢した。
彼女をもう悲しませるわけにはいかない。
そして、とうとうその男がやってきた。
男はやせ襲っていた。
ガイコツを連想させるような見た目だった。
彼は単刀直入に聞いてくる。
「彼女の行方を知っているというのは本当なのかい?」
その問いには答えない。
私は何も言わずに、お払い師としての力を解放した。
霊力を使うのは初めての事だったので、何をどうすれば良いのか分からなかった。
専門の訓練をしたことはない。
興味があって、お払い師について書かれた本を読んだ事があるため多少の知識はあるが、それだけだ。
私は自分の体から発せられるその力を無我夢中で操って、男にたたきつけた。
すると、男の姿はみるみる屍に変貌していった。
「ひっ!」
その姿を見た私は、悲鳴をあげてその場にへたりこんでしまった。
集中が途切れてしまったため、力をうまく制御できない。
私は、近寄ってくる男から必死に逃げる事しかできなかった。
玄関まで逃げたものの、そこで追い詰められてしまった。
「あっ、開かない! どうして」
玄関の扉は施錠されていて、固く閉じていたからだ。
「がっ、ぐぐっ。よくも、やってくれ、たな。ぎぎぎ」
追いついてきた屍のような男が、しわがれ声で怒りをぶつけてきた。
気が付くと、周りには多くに使用人たちがいて、その人達も同じような、屍のような見た目になっていた。
私は恐怖のあまり失神しそうだった。
しかし、
「友達であるあなた一人だけを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ!」
ガチャガチャと音がして、玄関の扉が開く。
私の前に立ちふさがったのは、家で待っているはずの友人だった。
後から聞いた話だが友人は、監禁されていた部屋を出た後、もしもの時使えるようにと男の屋敷の鍵を盗んでいたらしい。
「貴方達の狙いは婚約者である私でしょう? なら私だけにしなさい。この子は見逃して!」
「だめよ、逃げて! もうそんな話ができる状況じゃないわ!」
「だったら私が囮になるわ。だからその間に逃げて! 関係のない友達を死なせはしない!」
友人は命をかけて私を逃がそうとしていたようだ。
彼女は私の為に、こんな恐ろしい場所に戻って来た。
その姿を見て、私ははっとした。
こんな所で恐怖に負けている場合ではない。
怖気づいていた心に、力が湧いてくる。
彼女にだけ戦わせるわけにはいかないのだ。
「大丈夫、私はもう逃げない。一緒にこの恐怖と戦うわ」
私は再び自分の力を制御して、男にぶつけた。
全ての力を出し切るつもりで、ありったけの力をこめた。
すると、男は「ぐぁぁぁぁぁ!」と苦しんでのたうち回った。
床の上で転がりまわった後、体が徐々に崩れていった。
「そんな、ばか、な」
信じられないような声で、男はうめき声をあげる。
すると、その男に友人が近づいていった。
「今までよくもやってくれたわね。私の両親も他の悪霊に見張らせていたんでしょう? それで、もともと体の弱かった二人は」
彼女は、怒りのこもった表情で男を睨みつける。
「さっき届いた手紙が、最後に手紙になってしまったわ。許せない! お母様とお父様が一度も会いに来なかったのを、私が両親に見捨てられたからなんだって最低な嘘をついて!」
そして、ボロボロと崩れていく男性を足で踏みつけた。
「婚約が決まった時、お母様とお父様はあんなに喜んでくれたのに! 貴方なんて、婚約者なんかじゃないわ。こんな婚約なんて破棄してやる! 私には貴方よりもっとふさわしい良い人が見つかるんだから」
友人の涙が落ちる頃には、屍は声も発する事の出来ない灰になっていた。
男が無残にやられたのを見てか、まわりの悪霊達はわき目もふらず一目散に逃げていったようだ。
男の屋敷には、空虚な静寂が満ちていた。
何もかもが終わった後、友人は幸いにも良い人に巡り合えたようだ。
彼女は、両親の墓に婚約を報告しながら、天国にいるだろう彼等に語り掛けたらしい。
私は、今まで目を背けていた事実に目を向けるようにした。
この世界の中には、悪霊のせいで不幸になる人達が大勢いる。
お払い師の数は少なく、犠牲になる人は多かった。
だから、私はそんな人たちを救う事に決めたのだ。
恵まれた環境に未練がないと言えば嘘になるけれど、あの日友人を助けるために勇気を出したことを後悔するわけがなかった。
「大丈夫、私を助けてくれたあなたならきっと立派なお払い師になれるわ」
「ありがとう。がんばって貴方みたいな境遇にいる人を助けて見せるわね」
私は新たな人生の一歩を踏み出した。
友人を閉じ込めて孤立させていた男に報いを受けさせます。婚約破棄が待っているので、現実を見て真っ白な灰にならないように注意してください 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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