第29話 トウカの独白「アオを選択するためには」

 それからのわたしたちは、たくさん曲を作るようになった。学祭の時よりも、もっとだ。

 わたしは新しくパソコンと機材を買って、色々と会長に仕込まれた。簡単なレコーディングであれば、一人でもできるようになったのだ。


 アオの歌はやっぱり凄い。

 生歌は勿論のこと、録音したときの完璧さには驚いた。表現力にも、その技量にも。それも、聞くたびにどんどん上手くなっていく気がする。「録音した歌が成長するわけないでしょう」と、アオは呆れ顔だったけど。


 わたしのパソコンの中に、アオの歌がどんどん増えていく。

 それが嬉しくて、詩のノートはすぐに埋まってしまう。書いても書いても、いくらでも書けるような気がした。


 思い出もたくさん増えた。

 学祭が終わった次の週には、アオの希望通り、高尾山へ紅葉狩りに行った。予想通りというか、何と言うか、会長がすぐにバテて……もう、みんなで大笑い。紅葉みたいに真っ赤になった会長の顔を見て、アオは涙を浮かべるくらいに笑ってた。

 クリスマスも、年越しも、五人で過ごした。

 バレンタインの頃には会長も岸さんも大学には来ていなかったけれど、わざわざ呼び出して、チョコをあげた。

 友チョコと義理チョコの甘い匂いでサー室がいっぱいになって、岸さんがふざけてそれを強めるものだから、わたしたちはしばらく、甘いものを見るのすら嫌になるくらいだった。本当、岸さんはそういうところだよね。


 冬が終われば、会長と岸さんは卒業だ。フジサキが次の会長になった。

 紛らわしいから、会長は会長のままだけど。

 アオはその方が紛らわしいわ、と言って、岸さんの真似をして、彼をワタと呼ぶようになった。


 井の頭公園で花見もした。

 もう既に忙しそうな会長と岸さんを何とか引っ張ってきて、五人でパァっとお酒を飲んだ。

 アオは一浪だからわたしと同い年なのに、スタジオでも飲まないなって、不思議に思っていたのだけど。なんと、弱かったかららしい! ふにゃふにゃと笑うアオはちょと――いやかなり、可愛かった。

 フジサキがそれを楽しそうに眺めていて、わたしは笑いを堪えるのに必死だった。ううん、堪えられてなかったかもしれない。あのゲンコツは、多分そういう意味だったと思うから。


 それはともかくとして、アオがお酒を飲まないのには理由があった。良い気分になるとうたいたくなるらしく、普段は飲まないようにしているのだと。

 一気に酔いが醒めた。……これ、本当に気をつけること。


 新歓期間が終わっても、期待した新入生は来なかった。うちのサークルは大々的に宣伝をしないのだから当然だろう、とフジサキは言ってたけれど、残念なものは残念だ。来年には絶対に入ってもらうんだから。

 それなら活動を増やさなきゃね、と言うアオもアオだ。

 学祭という大きなイベントで、メインステージの曲を任されているのだから、もっとできることがあるはずなのに。


 アオの歌を届けることができなくても、せめて、彼女の旋律だけは広めたいと強く思った瞬間だ。


 五月の連休に入ると、アオが大荷物を抱えてわたしの家に来た。家出少女みたいだけど、ちょっと違う。

 わたしたちは夏の間、できるだけ一緒にいることにしたのだ。

 クロのキスが能力だというのなら、二人が会わなければ良い。そう考えて、決めたことだ。アオのお母さんにも相談して、ちゃんと許可ももらっている。

 アオは、家族とは気まずい関係が続いているって言ってた。だけど、わたしにはそうは見えなかった。……勿論、それまでの関係とは変わってしまってるのかも知れないけど。

 それでも、アオのお母さんは、アオをちゃんと優しい目で見ていて、わたしは何だか安心した。


 そのあとに来た梅雨は、例年より長く続くとニュースでは報道されてた。何かと憂鬱になる季節だけど、「そういう憂鬱や不安を、押し流すための雨だろう」と言ったフジサキには、なるほど、と思わされて、その一方で、悔しい気持ちにもなった。彼は案外、粋なことを言うのだ。

 雨が上がれば、輝かしい太陽が顔を覗かせる。



 ――そうして、この夏はやってきた。

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