幕間 とある展望室にて
高層ビルの上層階にある一室。一人で使うには随分と広く、見るからに高級そうな家具が、これまたセンス良く並べられている。
カーテンのない大きな窓からは、東京の景色が一望できた。その視界に映るのは今にも雨が降りだしそうな空だが、解放感がある。夜になれば、さぞかし夜景が綺麗だろうと男は思った。
しかし、そのような時間帯に招かれるはずがない。年中安っぽいTシャツとジーンズを身に着けている自分には、本来なら縁のない場所。できることなら、もう帰りたいくらいだった。
と、肩に手が置かれて、男はスペースキーを押した。ヘッドホンから流れていた曲の再生が止まる。同時に、もう片方の手で触れていた写真からも手を離した。
「ご苦労」
そう言って肩から手を離した人物は、対照的にきっちりとスーツを着こなしている。オフモードなのか、長めの髪は無造作に崩したままだ。それでも、彼が向かいのソファに腰を下ろすと、自分との格差を見せつけられているように感じた。
「……いえ」
当然だ。この男は経営者で、自分はその雇われに過ぎないのだから。
雇い主の命令で、労働者は動くしかない。
スーツの男が、手に持っていた写真をローテーブルの上に投げ置く。それは少しだけ滑り、目の前にあるノートパソコンのすぐ横で止まった。
彼は前のめりになって両膝に肘を乗せ、さらに組んだ手を額に当てている。その雰囲気は、何かを楽しんでいるかのようだ。
いや、この男は実際に、今を楽しんでいるのだ。
伏せ気味の顔に掛かった髪から、愉悦に浸っているような笑みが覗いた。その肩が、揺れる。
「くっく……偽善者め、やはり自らうたってみせた」
「予想通りになりましたね」
「あぁ。この計画は、確実に上手くいっている。……来年の夏には、すべて終わるだろう」
胸のすぐ下辺りに手を当てるスーツの男。そこ――内ポケットの中には、彼が大事にしているスケジュール帳が入っていることを、男は知っている。
(……狂ってる。どうやったら、覚えてもいない人間をここまで憎めるのだろう?)
内心ではそう思いながら、男は必要な報告を終えた。ジーンズのポケットに手をやり、一瞬の思考の後にそれを止める。スーツの男がその様子に気づいたのか、薄く笑った。
これ以上格差が広がるのは勘弁して欲しい。男は惨めな気分になって、ノートパソコンと、机に放り出されたままの二枚の写真を、足元のリュックサックにしまった。
――二枚の写真。そこには、同じ人物が映っている。知らず、男は息を吐いた。
……仕方のないことだ。この男は経営者で、自分はその雇われに過ぎないのだから。
数分前と同じことを思いながら、今度こそ、男はその部屋を後にした。
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