第64話
「行こう。」
アキ君は片づけがあるからとまた自己中なことを言って、私の手を引いてライブハウスの方に歩きはじめた。すると目の前にあったビルの上に設置されている看板に、凛たち広告が貼ってあることに気づいた。
「あ…っ。」
「ん?」
全く見えてなかったけど、あんなところにいた。あんなに大きいのに見えなくなるくらい、私って周りが見えてなかったんだ。かっこつけたポーズで写真に写っている彼らは、すごくクールな人たちに見えた。
凛やヤスさんはともかく、山ちゃんなんていつも愉快なおじさんなのに。
「好きなの?」
ずっとその看板を見つめている私を見て、アキ君が言った。
その質問に答えるのは、ちょっと難しい。
「…うん。」
でも嫌いだなんて言えない私は、含みを込めてうなずいた。するとアキ君は「ん?」と一度言った後、大きな声で「え?!?」と言って足を止めた。
「え…。え…?!?もしかして"りん"ってchilly pronounceのLin?!?!」
「あ、うん。」
あ、アキ君。凛たちのこと知ってたのか。
私もそれに驚きながら、正直に答えた。するとアキ君は足を止めたまま、何度も「まじ?」とか「ウソでしょ?!」とか繰り返していた。
「え?!?!もしかして"Rion"って歌って…。」
「うん。私の歌。」
デビュー曲は新しい曲みたいだったけど、カップリング曲に選ばれていたのは私が熱を出した時に書いてくれた、"Rion"って曲だった。あれは確かにライブでもすごく人気がある曲だったから、選ばれてもおかしくないと思う。
「ウソ…だろ…。」
絶望したみたいに、アキ君は頭を抱えて座り込んだ。私だってアキ君が医者の卵だって知った時、それくらいの衝撃があったんだよ。
「莉緒さん…ほんと何者…。」
消えそうな声で、アキ君は前にも私に聞いた質問をした。
私は「う~ん」と一瞬考えて、アキ君の目の前にしゃがんだ。
「消えたいのにとことん消えさせてもらえない亡霊。」
私は消えようとしたところを、2回もこの人に助けられた。私が助けたんだって思ってたけど、多分助けられたのは私の方だった気がする。
2回も消えることを決意した私は、もはや亡霊だ。生きている、亡霊。
「だったらずっと俺に憑いててね。」
アキ君はそう言って私の頭に手を置いた後、勢いよく立ち上がった。そして私の腕を持って無理やり立たせて、そしてそのまま無理やり自分に腕を組ませた。この子優しく見えて、結構強引なやつだな。
「さ~。みんなにちゃんと報告しなきゃ。」
「何を?」
「婚約者が出来たって。」
「まだプロポーズは受けたつもりないけど。」
結局音楽って何だったんだろう。
あれだけ苦しんで凛のそばにいないことを選んだのだって彼の音楽のためだったはずなのに、それがなんなのか答えがまだ見つからない。
「わかった。じゃあ一緒に住も。」
「何が分かったのよ。」
「分からないけど。一緒に住んだ方がいい気がする。」
それに今は消えたい気持ちが消えているけど、次いつ消えたくなるかもわからない。
「あ、家賃は半分だよ。俺だってバイトしてるし。」
「出世払いでもいいけど。」
「じゃあ出世するまでそばにいてくれるんだ?」
でも少なくとも今は、私が消えたら俺も消えると脅迫する彼の言葉を鵜呑みにしたくなった。
「それは分からない。」
「だね。」
来年のことは分からない。もしかしたらもう、私は消えているかもしれない。
でもとりあえず明日まで、そのまた明日までって、小さく小さくならまだ歩ける気がする。
誰かの音楽を止めないために消えようとしていた私が、誰かの音楽を止めるために生きようとするのなんてやっぱりおかしい。でもおかしくてもそうしたいって思ってしまってる。もしかして気が付いていなかったけど、彼の最後の音楽を聞いたあの時から、そう思っていたのかもしれない。
彼の最後の曲の名は――――――。
"いつの日か、音楽がなくなるその日まで"
【あとがき】
ここまで読んでくださりありがとうございました。
実はこの作品には少し自分の恋愛体験を織り交ぜてまして…。
凛のバンド名「chilly pronounce」は、アメリカ人の彼と付き合っていた時に彼が日本語の"涼しい"の発音が好きって言っていたことが由来です。雨が好きだって話を混ぜたのも、その彼の影響だったりします。
涼しい 発音する。chilly pronounce。ださ。
次回作でもどうかお会いできますように。
いつの日か、音楽がなくなるその日まで きど みい @MiKid
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