第63話


「もう、苦しいの…っ。」



訳は分からないけど、これだけは分かる。

アキ君は苦しくなくなったのかもしれないけど、私は苦しい。



「どの道を選んでも苦しいの…。どう生きても苦しいのっ。だから…っ。」

「そんなことないよ。」



どこをどう歩いたって凛のそばにいられない。だから苦しい。だから消えたい。そう言いたいのに、アキ君は言い終わる前に否定をした。



「莉緒さんにはまだ、見えてない道がある。」



そしてはっきりと言った。まだ道があるって。

どう頑張ったって、私には見つけられなかったのに。



「分かった。」



そして訳が分からないまま泣き続けている私に、アキ君はなぜか自信満々に言った。得意げな顔をして笑う笑顔が、まるで少年みたいに見えた。



「じゃあとりあえず明日まで。明日まで、一緒にその道を探そう。」



拍子抜けしてしまうようなことをアキ君は言った。それなら明日は消えてもいいのかって考えた。



「明日また約束する。そしてその次の日もその次の日も約束する。そうやって少しずつ少しずつ伸ばして、見つかるまでずっとそばにいてほしい。」



すると私の考えをまた読んだみたいに、アキ君は付け足した。明日、そして明後日と少しずつ、少しずつ消えるのを伸ばして何かを探して。それはアキ君に出会ってここまで私がやってきたことだった。



「莉緒さんはさ。俺が消えないようにいろんなことしてくれたじゃん。」



全部バレてた。途中から私がアキ君を消さないようにしようって動いていたこと。

私がそれに素直にうなずくと、アキ君はまたにっこり笑った。



「莉緒さんが消えたら、また全部無駄になっちゃうよ。だってさ、そうしたら多分俺も消えるし。」

「それは…っ。」

「でしょ?」



別れたら自殺するから!!!って言ってる彼女みたいなセリフを、アキ君が言った。消えてしまった後の世界のことなんてどうでもいいのかもしれないけど、今まで頑張ってアキ君をここまで引き上げた努力が無駄になるのは、何だかすごくもったいない気がした。



「アキ君、ずるい…っ。」

「うん。俺って結構自己中でずる賢いやつらしい。」



すごくズルい。私が努力したことを知ってて、そんな脅迫をして勝手なことを言うなんて、本当にズルい。それをアキ君も、否定することはなかった。



「でも俺のわがままで莉緒さんを救えるならそれでいい。」



もう本当に意味が分からない。この人が何を言っているのか、全く意味が分からない。


でも、意味が分からないのにどうしてだろう。もう私、消えたかった理由もよく分からなくなってきている気がする。


むしろこの人を悲しませたくないって、思ってしまってる気がする。



「だからお願い。莉緒さんが死ぬまで、そばにいさせて。」



凛がいなくても苦しくない理由を、明日までとりあえず頑張って探してみる。それでも見つけられなかったら、また明日考える。


それくらいの理由でここに存在していてもいいのかな。苦しくて今すぐにでも消えてしまいたいけど、明日くらいまでならもしかして頑張れるのかな。



考えすぎてとにかく、すべてがどうでもよくなり始めた。



「それ、プロポーズ?」

「うん。そうなのかもしれない。」




そしてもっと投げやりな様子でアキ君は言った。5つも上の女性に投げやりにプロポーズするなんて、絶対間違ってる。



「クソガキ。自分でお金稼いでから言いなさいよ。」



でも学生の分際で偉そうなことを言うな。なんなら私より稼いで言いなさい。

"人よりちょっと稼ぐOL"の私がまっとうなことを言うと、アキ君は「うん」と気の抜けた返事をした。



「でも大丈夫だよ。俺、医者になるし。」

「は?!?」



思わず大きな声を出してしまった。するとアキ君は少し笑って、「言ってなかったっけ?」と言った。



「休学してるからもう少し時間はかかるけど、ちょっとだけ待ってて。すぐ莉緒さんなんてすぐに追い越すから。」

「ウソでしょ…。」



この子、医大生だったの…?

思ってみればタンパク質の話をしたときだって、私が悪夢を見てうなされてた時だって、なんか医者っぽいこと言っていたような…。



「ホント。だからさ。」



大学院生って言った時、否定しなかったじゃん。嘘つき。

でもあの時なんて全部どうでもよかったから、テキトーに答えたのか。今も色んな意味で、いろんなことがどうでもよくなってるんだけどね。



「とりあえずキスさせて。」



また意味の分からないことを言って、アキ君は私の頬に右手を添えた。そしてかがんだ姿勢のまま、優しく唇を重ねた。



意味は分からなかったけど、私とアキ君の需要と供給は一致していた気がする。だってそのキスは、とろけてしまいそうになるほど暖かかったから。知らないうちに涙も、止まっていたから。

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