第62話
「なんで…っ?アキ君…。」
「違うよ。消えるんじゃない。」
"消える理由はもうないじゃない"
と、多分言おうとしていたと思う。それを先読みしたかのように、アキ君が言った。ならなおさらどうしてなんだって思った。
「苦しくないから、もうやめるんだ。」
彼は本当に苦しくなんてなさそうな顔で笑った。嘘のないキレイな笑顔だった。
「答えが…見つかったの?」
答えの分かり切った質問をした。すると彼は私の予想に反して、「それはわからない」とはっきりと言ってみせた。
「でももし今あの時に戻れるなら、俺は言う。」
彼の瞳があまりにもまぶしくて目をそらしていたはずなのに、また思わず彼の目を見てしまった。彼はやっぱり、とてもまっすぐでまぶしい目をしていた。
「わからない。でも一緒に探そうって。」
ねぇ、アキ君。それきっと、大正解だよ。
答えを一人で探すでもなく、教えるでもなく。"一緒に探そう"っていうのはきっと、そばにいるよって、一人じゃないよって、伝えられるセリフなんだと思うよ。
「そっか。」
ほらやっぱり。たどり着いてたじゃん。
一瞬は不安になったけど、やっぱり安心できた。本当に良かったって心から思って、私はまぶしくてもアキ君の目をしっかりと見て「よかったね」と言えた。
「それでね、莉緒さん。」
今度こそ本当にこの場から去ろうと思った。
これ以上話してはいけない気がした。それなのにアキ君は私が何か言う前に、自分が言葉を付け足した。
「莉緒さん。あなたも消えちゃダメだ。」
「え…?」
やっぱり私が消えようとしていたことはバレていたらしい。
それでもちょっと驚いている私に対して、アキ君は目を細めて穏やかな顔で笑った。
「なんで…。」
思わず疑問が口から出た。どうしてアキ君が私にそんなことを言うのか。
あなたは最初言ったじゃない。
消えたくなったら止めないって、言ったじゃん。
「俺に、また音楽が生まれるから。」
至って真面目そうなテンションで、アキ君はすごく自己中なことを言った。そう言えば彼は最初から、自己中なことを言っていた気がする。
「莉緒さんが消えたら、俺、また苦しくなる。そうしたら音楽が生まれるんだ。音楽、やめさせてよ。」
「そんなの…っ。」
そんなの知らない。勝手すぎる。意味が分からない。アキ君のことなんて、知らない。
凛がいないこの世界は何の意味も持たないから、私が消えたいんだ。生きる意味がないから、消えようとしてるんだ。ここにいたくないのは私なんだから、お願いだから…。
「莉緒さん。」
アキ君はずっと掴んでいた私の腕を引き寄せて、そして力強く抱きしめた。アキ君のぬくもりは、心の中を安心で満たしてくれるみたいなぬくもりだった。
「莉緒さんは、何を探してるの?」
抱き締めている手で背中を撫でながら、アキ君は言った。自分でも知らないうちに目から涙が出るようになったのは、凛がいなくなってからだ。
「質問の答え?凛さんがいなくなった理由?それとも…。」
私は凛に質問なんてされてないし、凛のいなくなった理由ももう分ってる。そして自分が消えたい理由も全部わかってるから、探しものなんて何もない。
「自分の存在、価値みたいなもの?」
何も探してないはずなのに、未練なんてないはずなのに、アキ君に背中を撫でられる度に涙が出るのはなぜだろう。暖かさに涙が出るのは、どうしてなんだろう。もしかしてまだ私、冷たくなんてなりたくないのかな。
もしかして私が探してるのって、誰かのぬくもり…だったのかな。必要と、されたかったのかな。
「一緒に探そうよ。俺と。」
自分で答えを探しに行くと言ったあの日のようなセリフを、またアキ君は言った。そして抱きしめていた手を緩めて、今度は私の両肩を持った。
「莉緒さんが死ぬまで、俺をそばにいさせてよ。」
そしてまっすぐ目を見て言った。よりにもよってまた、プロポーズみたいなセリフを。
「消えさせてよ…。」
「ダメ。」
だから私もあの日と同じセリフを言った。
それなのにアキ君は食い気味でそれを否定した。
「絶対、ダメ。」
「自己中だよ…っ、自分勝手なこと…っ」
「分かってる。」
分かってなんかない。だってずっと自分勝手なこと言ってる。
それにあなたは途中で私に「消えていいよ」って言おうとしてたじゃない。それなのになんで今になって…。
「莉緒さん。」
何もかも意味が分からなくなっている私に改めて目線を合わせて、アキ君は私の名前を呼んだ。彼の発音する"莉緒"は、すごくはっきりとした"RIO"だ。
「俺に音楽を、やめさせてよ。」
凛の音楽を止めないために消えようとしていた私は、アキ君の音楽を止めるために消えないでと言われた。もう訳がわからなかった。音楽ってなんなんだ。
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