『偏見』
辻野海夜
普通じゃない普通
時計の針が五時を指すと共にある音楽が校内、校外に流れ始める。部活動や特定の理由がある生徒以外への完全下校の合図だ。
教室や廊下にいた生徒たちは各々の荷物を整理し一階の下駄箱へと向かう。
しかし、それとは逆の方向に進んでいく二人の生徒がいた
「なあ、もう一度聞くけど、本当に鍵はかかってないんだろうな」
「大丈夫、確認済みだよ」
少し強めな声とやさしめな声、この相反する声が誰もいないであろう校舎に響く。
いつもより少し多めの階段を上り、たどり着いた屋上へと続く扉はドアノブのレバーや鍵穴が錆びていて、鍵をかけてないのではなく、出来ないように感じた。
片手で押しても錆びたレバーはびくとも動かず、最大限の力と全体重をかけると「ギ、ギ、ギ」と不穏な音を流しながらゆっくりと下に下がっていった。
変な音で教師にばれないようそっと開けると、そこにはドラマよりは少し狭く見える屋上が広がっていた。
「さて、問題は───」と、正門側にかかっている柵を見渡してみる。思っていたよりも柵自体は低く、160cmの僕でも胸の辺りの高さだった。
「何とかいけるな」と呟いたその言葉に、「良かったね」と不安な顔で言ってくれた彼女に僕はどう答えれば良いか分からなかった。
そして、時間は予定しているそのときへとゆっくりと迫っていた。
準備に取りかかるために、柵を乗り越え、その場に腰を下ろし、落ちない様に溝の部分に手をかける。
「最後に少しだけ話しようよ」
不意に彼女から提案される。
「何の話題?」
「どうして私を好きになったのって話」
彼女の言葉に少しの間、脳が止まった。
一年以上の付き合いとはいえ、この話をしたことがなかった。いや、正確に言えば僕がこの話を避けていたんだ。
「……確かに死んでしまったらこの話しは出来ないしな、この機会だし教えるよ。───僕は君にあこがれていたんだ。美しく自分を曲げない君に。でも、その憧れはいつしか恋に変わっていた。ただそれだけさ」
「ふふっ、そんなふうに私の事思ってくれたんだ」
「恥ずかしいけどな」
「私も照れちゃうよ」
彼女の頬は少し赤めいていた。とは言え、彼女がそんな姿を見せるのは初めてだったから、真っ赤に染まった空がそう見させているのだろうと、勝手な自己完結でおわらせた。
「じゃあ、僕からも質問していい?」
「なに?」
「なんで君は僕の自殺を止めないの?」
少し気まずそうに言いながらも彼女に尋ねた。ただの高校生とはいえお互い付き合ってる身だ。普通なら止めるはずなのに彼女は僕のことを止めない。それが死ぬ前に残った最後の疑問だった。
「『あなたに自由に生きて欲しいから』、それだけよ。今のあなたは常識にとらわれて窮屈に生きている。それが私にとって何よりも不安なの。一年付き合ったからこそ分かるの、あなたの気持ちが。だから私は止めない」
はっきりとした目で霞もなく、ただ澄んだ目で僕を見る。どの言葉にも嘘まじり無いのは確かだった。
この場にいてから何分経っただろうか。夕焼けで赤に染められていた空は東から黒が侵食していき、吹いていた風は更に肌に感じるようになった。
もう時間だよ、そう僕に伝えているように感じた。
「本当に僕は君に助けられてばかりだ」
「それはお互い様よ」
「最初で最後のお願いしていい?」
「仕方ないなー。お願いって何?」
「君の手で僕を殺してくれないか」
「......嫌だよ。私は君の殺人犯になんかなりたくない」
「それでも、僕は君に殺して欲しいんだ。僕が一人で死ぬと多分空っぽな幽霊になると思う。でも、君に殺してもらえば君の心にずっと居れる気がするんだ。だから、お願い」
「何いってんのよ、バカ」
「わがまますぎたかな?」
彼女の顔を見ず前を向きながら言う。雫が僕の手の甲に落ちる。後ろでは殺しきれない小さい声が聞こえる。それは───、いや考えとくのは止めておこう。
少しの空白が入り、彼女の手が僕の背中に触れる。小刻みに震えている手は優しく、暖かい。恐怖に感じず死ねることに感謝した。
「好きだよ」
「わたしも」
「そして、さようなら」
「……うん、さようなら」
その言葉と同時に僕の体は前に傾いていく。溝にかけていた手は自然と離れ体が宙に浮く。頭が下に向き、時間が経つにつれ落ちるスピードは早くなり、時がゆっくりと流れていく。窓から見える部活動の生徒達は全員が放心状態になっていて異様におもしろかった。地面と顔が数センチになった瞬間、目の前が真っ暗になった。
それと共に悲鳴が鳴り響く。
どうすることも出来ない痛みが全身に流れ叫ぼうとしても叫べない。頭と体と四肢が全てバラバラになっていることがすぐに分かった。
死ねることに快感を覚えた僕がいた。
***
『続いてのニュースです。今日午後六時頃、◯◯高校の屋上から人が飛び降りたと通報がありました。警察と救急隊が向ったところ飛び降りた女子生徒はその場で死亡が確認されました。生徒内でのいじめは確認できないものの飛び降りた当時に屋上には別の生徒がいたとして警察は───』
連日マスコミが学校へ殺到し、生徒は自宅待機を余儀無くされた。その日からはメッセージアプリにはクラスの子から殺人犯扱いされる日々も続いた。
元々、同性で付き合っていた私たちは世界から見たら異質な存在になっていたから苦痛にも感じなかった。
それでも、一人になれば少し、少しだけ辛く感じてしまう。そして、不意に考えてしまう。
『なぜ、人間は
夜に寝て起きれば朝になると思い、明日も生きれると思い、異性と付き合うのが普通だと思い───、それの全てが人生だと思い。
普通が一番怖い。
それが彼女が変えたかったこの世の普通だった。
『偏見』 辻野海夜 @tujinomiya-00
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